この解散時期はアベノミクスにとってマイナスかもしれない

『加谷珪一』

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加谷珪一(経済評論家)

 安倍首相が衆議院を解散する意向を固めた。今回の解散は、政権維持を目的としたテクニカルなものというニュアンスが強く、政策的に意味のある争点を見い出しにくい。あえて言えば、北朝鮮問題をきっかけとした安全保障問題と教育の無償化ということになるだろうか。安倍首相としては、安全保障問題をきっかけに憲法改正への道筋を付け、教育の無償化で支持率アップを狙いたいところだろう。

ニューヨーク証券取引所で講演する安倍首相 =9月20日(共同)
 首相の解散権は、首相にだけ付与された「伝家の宝刀」であり、党利党略も含めて、すべては首相の決断にゆだねられている。だが、伝家の宝刀は、常用すればその価値は確実に薄れてくることを考えると、今回の決断は、解散権を安売りしていると指摘されても仕方ない面があるだろう。しかも野党の民進党は瓦解寸前という状況であり、選挙結果についても大方の予想はついてしまう。当然のことながら国民の関心はあまり高まっていないようだ。

 ただ、今回の解散で教育の無償化が掲げられ、その財源として消費税の増税分を充てるという話は注目に値する。ほんのわずかな変化かもしれないが、場合によっては日銀の金融政策などに大きな影響を与える可能性があると筆者は考えている。

 社会保障と税の一体改革に関する議論では、消費税の税収については、一部(従来の地方消費税分)を除いて社会保障費に充当することが定められた。政治的な意味はともかくとして、市場ではこの合意が、日本の財政問題に対する担保のひとつとして機能してきた。消費増税分の資金使途が、義務的経費である社会保障費に限定されていれば、少なくとも裁量的経費がむやみに増大し、財政収支を極端に悪化させる可能性は少なくなる。

 日本政府は2020年までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化するという公約を掲げているが、その実現はほぼ不可能な状況となっている。それでも金利がまったく上昇しないのは、日銀の量的緩和策によって国債が買われ続けていることに加え、野放図な財政拡大に対しては一定の歯止めがかかっていると認識されているからだ。

 だが、首相は、今回の総選挙において増税分の使途について見直す方針と言われており、その具体策のひとつが教育の無償化だという。高等教育の無償化そのものについては、知識経済へのシフトが進む現状を考えれば、スジのよい政策といえるかもしれない。だが、このタイミングで消費税収の使途に関する縛りが解放されるということになると、市場に対して思わぬメッセージを送ってしまう可能性がある。
非常事態を回避するために

 財政問題に関する議論を聞くと、政府が破綻するしないといった、極端で感情的なものばかりが目立つが、市場関係者の中で、本当に日本が財政破綻すると考えている人などほぼ皆無である。だが、いずれ日本の長期金利が上昇すると考える人はかなりの割合に上るはずだ。

長期金利
 量的緩和策の影響もあり、日本の長期金利は異例の低水準となっているが、金利が極端に低いことは、実は日本の財政を維持する最後の砦となっている。

 現在、日本政府は1000兆円近くの負債を抱えているが、これまで低金利が続いてきたことから、政府は利払いを気にすることなく予算を組むことができた(一般会計における国債の利払い費用は年間10兆円程度に収まっている)。だが、金利が上昇して仮に5%まで達したとすると、理論的な年間利払い費用は40兆円を突破してしまう。数字の上では、税収のほとんどが利払いに消えてしまい、事実上、政府は予算を組めなくなってしまうのだ。

 市場関係者が本当に恐れていることは、日本政府の破綻でも、国債のデフォルトでもなく、金利の上昇によって政府が超緊縮予算を余儀なくされることである。今の状況で日本政府が緊縮予算に転じれば、景気が冷え込み、株が暴落するのはもちろんのこと、年金や医療など社会保障費が軒並み削減され、国民の生活は一気に苦しくなるだろう。

 こうした非常事態を回避するためには、金利を何としても低い水準に維持し、その間に財政再建の道筋を付けなければならない。

 もっとも、政府が保有する国債には様々な償還期間のものが混在しており、仮に金利が上昇しても、すべての国債が高金利のものに入れ替われるまでには時間的猶予がある。また、この水準まで金利が上昇する前に、何らかの対策を打ち出すことも不可能ではないだろう。だが、金利の上昇は、もっと短い時間軸においても大きな影響を及ぼす可能性がある。それは日銀の出口戦略に関してである。

 あくまで仮定の話だが、総選挙の結果、消費増税の使途に関する縛りがなくなり、財政支出が拡大したとしよう。市場がこれに反応し、長期金利がわずかでも上昇を始めてしまうと、日銀にとってはやっかいなことになる。追加緩和を実施することもできず、一方で金利上昇を放置すれば、強制的に出口戦略に舵を切ることになり、日銀が抱える損失が顕在化してしまう。

 金利の上昇はおそらく円安を招くことになるので、国内の物価もジワジワと上昇してくるだろう。これは景気拡大に伴うインフレではないので、実質的な可処分所得は減っていく可能性が高い。

 政治的にはあまりインパクトのない今回の解散だが、実は後から振り返ると、日本の財政における重要な転換点になっていたという可能性も十分にあり得るのだ。

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