マスコミは電通のブラック批判より自らの「仕事バカ」を是正せよ

『大内裕和』

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大内裕和(中京大学教授)

 2017年9月22日、大きな話題となった電通の労基法違反事件の初公判が開かれました。この事件の焦点は、違法を含む長時間労働です。頻発する過労自殺や過労死、うつ病や精神疾患の広がりは、長時間労働が蔓延していることを示しています。大きな社会問題となっている長時間労働を是正するためには、どうしたらよいのでしょうか。

電通違法残業事件の初公判を終え、頭を下げる電通の山本敏博社長=9月22日、東京・霞が関の司法記者クラブ
 長時間労働は深刻化しています。第一の理由として、グローバル資本主義の進行を挙げることができます。生産拠点の海外移転によって、日本の労働者は、アジアをはじめとする海外の、賃金が低く労働時間が長い労働者との競争にさらされ、賃金の引き下げと労働時間の延長を強いられるようになりました。

 グローバル資本主義化にともなう新自由主義改革も、職場の状況を悪化させました。特にアメリカ型の株価至上主義的な経営が広がったことは、日本の企業を大きく変えました。戦後に確立した日本型雇用は、終身雇用と年功序列型賃金を特徴としていました。企業が労働者支配の強い権限を持つ一方で、労働者の安定雇用を保障するという関係が成り立っていたのです。

 しかし、株式至上主義的な経営が広がったことによって、経営者にとって株式市場での評価が最大の関心事となりました。経営者は可能な限り労働者の安定雇用を保障していたこれまでの姿勢から、株価を上げるための短期的な企業収益の向上を優先し、コスト削減のための人減らし合理化を断行するようになりました。

 第二の理由として、非正規雇用労働者の増加を挙げることができます。非正規雇用労働者の数は近年、急増しています。総務省の『労働力調査』によれば、非正規雇用労働者の数は、1989年の817万人(労働力全体の19・1%)から、2016年には2023万人(労働力全体の37・5%)に増加しています。

 非正規雇用労働者の増加にともなって、以前よりも少数となった正規雇用労働者には責任の重い仕事が集中し、仕事量も増加しました。正規雇用労働者の労働の過酷化と長時間労働化が進行しました。

 第三の理由として、情報通信技術の発達による社会全体のIT化や情報化の進行が挙げられます。パソコン、携帯電話、スマートフォンなど情報ツールの浸透は、人々の働き方や日常生活の過ごし方を大きく変えました。

 新しい情報通信技術は業務処理を迅速化し、労働時間の短縮を実現する可能性をもっています。しかし、現実にはノートパソコン、携帯電話、スマートフォンの普及によって、仕事の時間と個人の時間との境界があいまいとなり、仕事が労働者をどこまでも追いかけてくるようになりました。私生活への仕事の介入が進行したのです。
24時間化した経済活動

 現在では多くの労働者が、オフィスの外にいても、家庭の中にいても職場とクライアントの両方から、メールや携帯電話、ラインなどで仕事の世界に引き戻されます。職場でさばききれないほどのメールやラインのメッセージを処理した上に、家庭でもメールやラインのメッセージに悩まされます。

 また、新しい情報通信技術は仕事やビジネスの加速化、時間ベースの競争の激化をもたらし、経済活動のボーダーレス化や24時間化を促進します。これらは全体でみても一人あたりでみても、仕事量を増やしています。

 特に、24時間営業のコンビニエンス・ストアや全国翌日配達の宅配便は、利便性と引き換えに、過剰なサービス競争を生み出し、労働の過酷化と長時間労働を促進しています。そしてこれらの業態は、もう一方で長時間労働を強いられている労働者の生活を支えており、両者は相互依存の関係となっています。

 さらに、長時間労働が蔓延しているなかで、マスコミ関係者や医師、教員、警察官などの過酷な働き方が問題となっています。これらの分野の労働者はその労働の特質から、定まった時間内での勤務が難しい状況に置かれているからです。

 取材、治療、教育、犯罪捜査などは、突発的な事態が起これば、いかなる状況やどんな時間であっても対応をせまられることが多いでしょう。こうした分野の労働者にとって、長時間労働の是正が困難であることは容易に予想できます。
(iStock)
 しかし、これらの分野の労働者についても、長時間労働の是正は必ず実現しなければならない課題でしょう。長時間労働や過酷な労働は、過労自殺や過労死、うつ病や精神疾患などを多数もたらしています。

 また、「共働き」世帯の増加や高齢化の進展は、これまで以上に男性労働者が家事、育児、介護に関わる必要性を高めています。男性労働者の長時間労働が是正できなければ、女性の労働参加や社会参加を妨げたり、仕事と家事、育児、介護の加重負担を女性に課すこととなってしまいます。

 それに加えて長時間労働や過酷な労働は、その労働の質を劣化させます。マスコミ関係者や医師、教員、警察官の働き方は、この点からも改善されなければなりません。取材、治療、教育、犯罪捜査は画一的・定型的な業務ではありません。どれも深い思考力や個々の労働者の創意工夫が求められる仕事です。長時間労働や過酷な労働によって十分な思考力や創意工夫が発揮されなければ、それは必ず取材、治療、教育、犯罪捜査の質の低下となってはねかえってきます。
マスコミなどの改善が急務

 これらの分野の労働者の長時間労働の是正はどうやって行えばよいでしょうか。第一に、それぞれの分野の労働組合や業界が労働時間削減に取り組むことです。戦後長い間、労働組合や業界は賃金上昇と比べると、労働時間削減に熱心に取り組んできませんでした。
電通の書類送検について会見する、東京労働局の特別対策班、樋口雄一監督課長(右)ら=4月25日、東京都千代田区(荻窪佳撮影)
 むしろ、労働時間削減よりもその分のエネルギーを賃金上昇に向けるという傾向が強かったといえます。今後は、労働組合や業界が、長時間労働の是正を最重要の課題として取り組むべきです。

 第二に、「自発的な働きすぎ」を見直していくことです。これらの分野の労働では、仕事についての「やりがい」や「面白さ」がよく強調されます。この「やりがい」や「面白さ」が、労働者の「自発的な働きすぎ」を促進している可能性があります。仕事の「やりがい」や「面白さ」が、労働の過酷化に疑問をもつことを困難にし、長時間労働を促進させている面はないかを、労働者自らが点検する必要があるでしょう。

 また、仕事における強制や圧力、過剰な仕事量や競争、少なすぎる人員配置など、長時間労働を生み出す雇い主の意向や職場の実態があるにもかかわらず、職場で「やりがい」や「面白さ」が強調されることによって、労働者の「自発的な働きすぎ」=「自己責任」と労働者自身が思わされている構造にも目を向けることが重要です。

 第三に、これらの分野の労働者の長時間労働を是正するためには、社会全体の労働時間削減とセットで進めていくことが重要です。なぜなら、マスコミ関係者、医師、教員、警察官の長時間労働を生み出している要因の一つは、彼らの仕事の対象者である取材対象者、患者、子供・保護者、一般市民の多忙化だからです。取材対象者、患者、子供・保護者、一般市民が多忙であれば、それに合わせてマスコミ関係者、医師、教員、警察官の側も厳しいスケジュール調整を強いられます。

 マスコミ関係者、医師、教員、警察官のみなさんが、自分たちの働き方を問い直すと同時に、日本社会全体の労働者の働き方を改善していく視点を持つこと、それが将来的には長時間労働の是正につながると思います。

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