ニッポンの企業に蔓延する「働き方改革疲れ」の実態

『常見陽平』

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常見陽平(千葉商科大学国際教養学部専任講師)

 読者の皆さんに問いかけたい。「働き方改革」で疲れていないだろうか。日本をサービス残業大国にしないためにも「働き方改革疲れ」は正直に口にすべきだ。

 この春、『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)を発表した。わが国において残業が減らない理由として、雇用システムの問題や、仕事の絶対量、「神対応」に代表されるサービスレベルの問題を取り上げ、これらの普遍的・根本的な問題に切り込まない限り、非妥協的に立ち向かったところで「働き方改革」は「改善」程度にしかならないこと、そこに踏み込まずにいるならば長時間労働を規制しようともかえってサービス残業を誘発してしまうのではないかと警鐘を鳴らした。

 おかげさまで、新聞、雑誌を合わせ20近くの媒体で書評や著者インタビューが掲載された。講演の依頼も殺到している。手応えありだ。みんなが「働き方改革」に疑問を持っていることを肌で感じるからである。特に、大手企業の人事責任者が集まる勉強会などはそうだ。参加企業の中には、働き方改革の成功事例としてメディアで紹介される企業もいる。メディアで成功事例として紹介される企業も、ここでは社内の問題を語り出す。現場には浸透したとも、納得感を得ているとも言い難く、かえって疲弊感が広がっている様子などが伝えられるのだ。まさに「働き方改革疲れ」そのものである。

 もっとも、その実は「採用氷河期」において、より良い労働環境を整えないと採用ができないことにも起因している。さらには、この取り組みをIR(投資家向け広報)、CSR(企業の社会的責任)、PRに生かそうという魂胆もみえみえだ。人材ビジネス企業やIT企業などの場合は、自社の事例化という側面もある。特にIT企業の場合は、優秀なエンジニア獲得のために条件を良くせざるを得ないという側面もある。このような点を読み解かなくては「働き方改革」の深層は理解することができない。

 「働き方改革」の盛り上がりは、電通違法残業事件の衝撃による部分が大きいことは間違いないだろう。若手社員が自殺に至っただけでなく、これまでも過労死・過労自殺事件が起きているほか、長時間労働が慢性化し、労働局から何度も是正指導を受けていたにもかかわらず、電通は改善の努力を怠った。そして書類送検され、立件に至った。もちろん、電通で起きてしまったことは許される問題ではない。ただ、同社に急激な改革を求めることもまた「働き方改革疲れ」を誘発しないか。
7月27日、労働環境改革基本計画を発表する電通の山本敏博社長=東京都中央区
 すでに電通は改革を進めている。2016年10月半ばには、時間外労働の上限を月70時間から月65時間に引き下げる方針を固めるとともに、同月24日から午後10時以降を全館消灯とした。11月に当時の石井直社長ら役員8人で構成される労働環境改革本部が設置され、業務内容と仕事のやり方の点検が行われたのを皮切りに、改善策が次々と発表された。従業員の行動規範とされてきた「鬼十則」の従業員向け手帳からの削除をはじめ、増員や人員配置の見直し、有給取得の義務付けなどがそれである。
「改革成功企業」への欺瞞

 今年1月には、過労自殺した高橋まつりさんの母、幸美さんが記者会見し、電通に対して過労死や過労自殺の再発防止に向け、遺族への謝罪、慰謝料などの支払い、再発防止措置などを盛り込んだ合意書を結んだことを明らかにした。再発防止措置は長時間労働・深夜労働の改革、健康管理体制の強化、18項目に及ぶものである。運用においては社内研修に遺族や代理人が参加するほか、年に1回、再発防止措置の実施状況を遺族に報告するなどの措置を取っているのは画期的だといえる。

 7月27日、電通は記者会見を開き、労働環境改善に向けた基本計画を発表した。主な柱は次のようなものである。

1.従業員1人あたりの年間総労働時間を14年度の実績2252時間から、2019年度には1800時間に約2割削減する。
2.達成のために、人員の増強、業務の削減、IT投資の強化、自動化の推進などに取り組む。
3.休暇の連続取得日数の増加を行う他、週休3日制導入や給与制度の見直しを検討する。

 労働環境改善に向けた、電通の「本気度」が伝わる高い目標だといえる。

電通違法残業事件の初公判後、会見を終えた
高橋幸美さん。手にする写真は、アメリカ旅行で
撮影された娘のまつりさん=9月22日(飯田英男撮影)
 ただ、これらの取り組みは、プロセスと結果をみなくては評価することができない。率直に難易度の高い目標である。この高い目標に立ち向かうがゆえに、現場が疲弊してしまったり、サービス残業を助長しないようにしなくてはならない。まず、労働者が死なない職場、倒れない職場にすることは急務だが、この改革によって現場が疲弊してしまうなら本末転倒である。

 もう一つ注目したい点は、電通が具体的に人材、ITに投資するということだ。70億円とも報じられる予算を投じて改革を行うのである。もし、電通の改革で成果が出たとしても、この点には注目しなくてはならない。働き方改革は常に痛みを伴う。創意工夫だけでは限界がある。このように人材やITに投資せず、創意工夫だけでなんとかなるわけではない。

 「働き方改革」は、来月投開票の解散総選挙でも論点になりそうだ。ただ、これらの改革が国民丸投げプラン、人材ビジネス企業やIT企業への利益誘導の側面が垣間見られる現実も直視しなくてはならない。すでにビジネス雑誌などでは「働き方改革成功企業」なるものが欺瞞(ぎまん)に満ちていないかという疑問が渦巻いている。

 電通の目標や取り組み事項は立派だが、プロセスと結果を見なくては評価できない。うがった見方をするならば、社員手帳から「鬼十則」を削除したにもかかわらず、相変わらず気合と根性の改革にも見える。「人が死ぬ会社」からは即刻変化するべきだが、電通を起点に「働き方改革疲れ」が広がらないことを祈っている。

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