2017年09月29日 17:58 公開

ジョナ・フィッシャー記者、BBCニュース(ミャンマー・ヤンゴン)

ミャンマー西部ラカイン州のムスリム(イスラム教徒)系少数派ロヒンギャをめぐる人権問題で、国連ミャンマー事務所のトップが同国政府への問題提起を封じていたとの証言がBBCに寄せられた。

ある元国連幹部は、不穏な情勢となっているロヒンギャの居住地域を人権擁護団体の関係者が訪れるのを、ミャンマーの国連カントリーチーム(CT)代表が阻止しようとしたと語った。

先月下旬にムスリム武装勢力が複数の警察施設を襲撃したことを機にした衝突で、50万人以上のロヒンギャが避難した。その多くは隣国バングラデシュの難民キャンプで生活している。

国連のミャンマー事務所はBBCが得た情報について、「強く反論する」と述べた。

ロヒンギャの大量避難への対応で前線に立つ国連は、支援物資を届け、ミャンマー当局を激しく非難する声明も出している。

しかし、ミャンマー国内外にいる国連内部の情報提供者や支援団体関係者はBBCに対し、今回の危機が始める前の4年間、ミャンマーの国連CT代表を務めるカナダ人のレナタ・ロク=デサリエン常駐調整官が、人権活動家らがロヒンギャの居住地を訪問するのを阻止しようとしたと話した。ロク=デサリエン氏はさらに、ロヒンギャ問題に関する公の場での発言をやめさせようとしたり、民族浄化が将来起きる可能性を警告しようとした職員を疎外したりした、と語った。

援助団体に勤めるカロリン・バンデナベール氏は、1993年末から翌94年にかけてのルワンダ大量虐殺が起きる直前に現地で働いた経験があるが、ミャンマーに着任した際にも似たような兆候を体験したと話す。

「駐在員やミャンマー人の企業関係者と会っていたのですが、ラカイン州やロヒンギャに話題が及んだ時、ミャンマー人の一人が『犬みたいに殺してしまうべきだ』と言ったんです。このような人間を非人間的に扱うことが普通だと、社会で許容されるようになっているという一つの証しだと私には思えました」

私はバンデナベール氏とこれまで1年以上にわたって接触してきた。同氏はアフガニスタンやパキスタン、スリランカ、ルワンダなどの紛争地域での活動を経ている。私は最近、同氏が現在拠点とするネパールで面会した。

バンデナベール氏は2013年から15年にかけてミャンマーの国連CTのトップである常駐調整官を務めた。デサリエン氏が現在その職にある。

常駐調整官の立場にあったバンデナベール氏は、ラカイン州で高まる緊張への対応の国連が苦慮する様子を自分の目で見ることになった。

2012年に起きたムスリムのロヒンギャとラカイン州の仏教徒住民との衝突では100人以上が死亡し、避難した10万人以上が州都シットウェの周辺にキャンプを形成した。

それ以降、衝突が間欠的に繰り返され、過去1年の間にロヒンギャの武装集団による活動が見られるようになった。ロヒンギャに支援物資が届けられるのを不満に思う仏教徒住民が支援を妨害するようになり、車両への攻撃さえ起きた。

ロヒンギャに基本的な支援物資を届けるため現地政府や仏教徒たちの協力を必要とする国連や援助団体は、危機への難しい対応が迫られた。

同時に、ロヒンギャの人権問題や人々が市民権を得られずにいる状況について公言するのは多くの仏教徒の反発を招くことも明らかだった。

このため長期的戦略への注力が選択された。国連や国際社会はラカイン州の長期的な経済開発を優先させることによって、より豊かになった社会でロヒンギャと仏教徒の対立が緩和できると期待したのだ。

ロヒンギャの状況について国連職員が公の場で発言するのは、ほぼタブーと化した。国連がラカイン州について出す多くの報道関係者向け資料でロヒンギャについての言及は完全に避けられた。ミャンマー政府はロヒンギャを独立した集団としては扱っておらず、「ロヒンギャ」という名称は使わずに「ベンガル人」と呼ぼうとする。

記者がミャンマーを取材するなかで、ロヒンギャの扱いについて率直に語る国連職員に会うのは非常に珍しかった。国連のミャンマー事務所内部での状況について取材を進める過程で、非公式の場でさえ、ロヒンギャ問題が脇に追いやられていたと明らかになった。


ロヒンギャはどこに避難しているのか


ミャンマーを支援する各団体の複数の関係者は、ミャンマーの国連幹部との会合ではミャンマー政府に対してロヒンギャの人権を尊重するよう求めるかどうかについて質問するのはほぼ不可能だったと証言した。

バンデナベール氏は、国連幹部との会合でロヒンギャ問題に触れたり民族浄化の危険について警告したりするのは全く許されないと、ほどなくして全ての参加者に明白になったと語った。

「(発言)できないわけではないが、それには結果が伴いました」とバンデナベール氏は語る。「それは良くない結果だった。会合に呼ばれなくなり、遠方の訪問許可が下りなくなった。ほかのスタッフは役職から降ろされたり、会合で侮辱されたりした。これらの問題について触れるのは絶対だめだという雰囲気が出来上がっていた」。

それに従わなかった国連人道問題調整事務所(UNOCHA)などは、意図的に協議の輪から外されたという。

バンデナベール氏によると、UNOCHAの代表が不在の時に会合が開けるよう、代表の予定を調べるよう求める指示が頻繁にあったという。UNOCHA代表はBBCの取材に応じなかったが、バンデナベール氏の指摘はミャンマー国内の複数の国連筋によって確認された。

ロヒンギャの民族浄化の可能性を何度も警告していたバンデナベール氏にはトラブルメーカーのレッテルが張られ、業務が進められない状況になっていったという。国連はバンデナベール氏の主張に反論している。

ミャンマーを訪れた国連幹部もロヒンギャに言及しないよう求められたと証言する。

国連で北朝鮮に関する人権特別報告者を務め、2014年まで6年間ミャンマーの特別報告者だったトマス・キンタナ氏はアルゼンチンからBBCの取材に応じ、ヤンゴン空港でデサリエン氏の出迎えを受けた時のことをこう振り返った。

「彼女からラカイン州北部には行かないようにと助言されました。お願いだから行かないようにと。理由を聞きましたが、答えと呼べるものはなかった。要は、当局とのもめ事を避けたいという態度だけでした。一例に過ぎないですが、ロヒンギャ問題に対する国連のカントリーチームの戦略を物語っている」

キンタナ氏はそれでもラカイン州北部を訪問したが、デサリエン氏はキンタナ氏の訪問から「距離を起き」、その後面会することはなかったという。

ある国連幹部は、「我々はロヒンギャを犠牲にして、ラカイン社会におもねっていた」と語った。「政府は我々をどう利用して操作すればいいのか分かっていて、それを続けてきた。我々は教訓を生かしていない。政府を怒らせないために、我々は彼らに全く抗議しないのだ」。

BBCが入手した2015年に国連報告書「危険な道:犠牲者を助けるのか虐待の制度を支援するのか」(仮訳)は、ラカイン州での政策の優先順位について検討を行っており、ミャンマー事務所(UNCT)を激しく非難している。

「人権に関するUNCTの戦略は、開発投資そのものが緊張を緩和するという、単純化され過ぎた希望に大きく焦点を当てており、差別的な国家アクターによって運営される差別的な仕組みに投資するのは、差別をなくすどころかさらに強化するということを考慮に入れていない」

国連の他の資料でも同様の結論が述べられている。今年1月のアントニオ・グテーレス氏の事務総長就任に伴い、今年4月に元国連高官に作成が委託された2ページの文書「国連の建て直し」(仮訳)は、「明らかな機能不全に陥っている」とミャンマーの国連事務所に厳しい評価を下した。

文書がまとめられて間もなく、国連はデサリエン氏が「異動」されると認めたが、同氏に対する評価と異動とは関係は全くないと強調した。ミャンマー政府がデサリエン氏の後任の承認を拒んでおり、デサリエン氏は現在もミャンマーの国連事務所の代表を務めている。

ミャンマー軍の元将軍で、同国の実質的指導者アウンサンスーチー国家顧問に近いトゥラ・シュエ・マン氏は記者に対し、デサリエン氏について、「公正な見方をしており、偏見がない」と語った。「ロヒンギャ寄りの考えに偏った人は誰もが彼女を嫌って批判するだろう」。

デサリエン氏は、記事についてのBBCのインタビューに応じなかった。

ミャンマーの国連事務所は取り組みは「完全に開放」されており、関係するすべての専門家の参加できるようにしていると説明した。

ヤンゴンにいる国連報道官は文書で、「(デサリエン)常駐調整官が内部の議論を『阻止した』という非難に強く反論する。常駐調整官は、ラカイン州における平和と安全、人権、開発や、人道支援をどう後押しするかについて協議するため、ミャンマーにいるすべての国連組織を集めた会合を定期的に開いている」と述べた。

また、トマス・キンタナ氏のラカイン州訪問では、デサリエン氏が人員や移動手段などの管理、安全確保の面で「完全に支援した」と説明した。

BBCがこの記事を準備しているとの情報を得た英米を含む10カ国の大使は、デサリエン氏を支持する内容の電子メールを連名で送付した。

スリランカ内戦でも、現地の国連事務所の対応が激しく批判された。そしてそれと、現在のミャンマーとの類似性を指摘する声が上がっている。国連とスリランカ政府を激しく批判する報告書をまとめたチャールズ・ペトリー氏は、ロヒンギャをめぐる過去数年の国連の対応は混乱しており、デサリエン氏はすべての主要課題をまとめる役割を負託されていないと指摘した。ペトリー氏はミャンマーの国連事務所の代表も務めていた(ペトリー氏は2007年に国外退去させられている)。

「ミャンマーにも生かせるスリランカの教訓は、焦点の欠如だ。政治や人権、人道支援、開発というミャンマーの状況に包括的に対応するための上級職員レベルでの焦点が依然として拡散してしまっている。そのため、過去数年間、お互いに相反するような目標が存在していた」

では国連や国際社会の対応が違っていたら、現在のような人道的惨事は避けられたのだろうか。8月25日にロヒンギャ武装勢力による襲撃を受けたミャンマー軍の大規模な反撃を、どうすれば抑止できたのか、答えを見つけるのは困難だ。

バンデナベール氏は、自らが提案していたような早期警戒制度があったなら、少なくとも何が起きそうなのか情報が得られたかもしれないと話す。

「どんな措置なら予防できたのか言うのは難しい」とバンデナベール氏は記者に語った。「しかし、確かに言えるのは、これまでのような対応では絶対に抑止できなかったということだ。問題を単に無視するという対応だったのだから」

キンタナ氏は、ミャンマーが複合的民主政治に移行するなかで、なんらかの過渡的な司法制度を国際社会がもっと強く求めるべきだったと語った。

ある情報筋は、ラカイン州での対応について国連での調査が必要とされており、実際に調査の準備が進められているとみられるとし、議論を呼んだスリランカ内戦の終結の後に行われた調査に似たものになる可能性があると指摘した。

(英語記事 Has the UN failed Myanmar's Rohingya Muslims?