もしわが国の大気汚染度がPM2・5下の北京なみに高まったら、今は野放しに近い自動車の排ガス規制が始まると思われる。北京では自動車のプレート・ナンバーを奇数と偶数に分ける隔日運行、次に工場の操業停止でしのいでいるから、わが国も見習うことになろう。

 ちなみに環境省が算定した喫煙と自動車の年間排出量(2012年)は、窒素酸化物が419トン対68.8万トン(約1500倍)、一酸化炭素が9170トン対280万トン(約300倍)である。肺がん死を減らそうとするなら、排ガスの規制が効果的なはずだ。
 
 すでに引用した厚労省研究班のレポートは、「がんの半分以上は原因がわからない」と結論づけている。言い換えると、がんは複合的要因の産物なのである。

 そうだとすれば、世界のどこよりも高性能の喫煙室からもし洩れたとしても拡散する煙の害は、無視してもよい微量にすぎない。大気汚染は除外しても、受動喫煙の寄与率(0.9%)は能動喫煙の26分の1、飲酒の7分の1にすぎないからである。

 昨年5月に厚労省が受動喫煙に起因する死者1万5000人と発表し、世間を震撼させたが、全がん死亡者の37万人(うち肺がんは7.7万)と寄与率0.9%とは整合せず、怪しげなフェークニュースと評せざるをえない。そして受動喫煙という現象は、遠からず幻の残像として消え失せるのではないか。

がんじがらめの規制は定着しない


 3月1日に厚労省が公表した健康増進法改正案は、病院に適用していた敷地内禁煙を小中高校にまで広げ、官公庁、大学、ホテルは屋内禁煙(喫煙室は不可)、飲食店は一部を除き原則禁煙、違反の喫煙者には30万円以下、管理者には50万円以下の罰金――という強烈な内容である。

 手本を示すつもりか、厚労省は本館の一階外壁に沿って設けていた喫煙所から戻るときは、遠回りして臭いを落とさせていた。

 昨年末には一段と自己規制を強化し、敷地内全面禁煙に切り替え、喫煙職員が「避難」するのを防ぐため、道路を隔てた日比谷公園への出入りを禁じたと朝日新聞(12月9日付)が報じた。耳を疑ったが、本気なら松本楼にカレーを食べに行くのもだめか、と同情にたえない。
( iStock)
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 背水の陣を張ったつもりの喜劇的情景だが、たばこ議連は飲食店に喫煙、分煙、禁煙と表示するのを義務づけ、利用者に選択させるというシンプルな対案を提示し、世論調査(産経FNN)では、60.3%が支持している。

 がんじがらめの法規制は、日本人の心性に馴染(なじ)まず、定着しないと思う。


はた・いくひこ 1932(昭和7)年、山口県生まれ。現代史家。東京大学法学部卒業。ハーバード大、コロンビア大留学。プリンストン大客員教授、拓殖大教授、千葉大教授、日大教授を歴任。法学博士。1993年度菊池寛賞受賞。『靖国神社の祭神たち』『明と暗のノモンハン戦史』『旧日本陸海軍の生態学 組織・戦闘・事件』『慰安婦問題の決算 現代史の深淵』など著作多数。