残念なことではあるが、現代社会に生きる子供の身の回りには危険が満ちあふれている。それらを除去するか減少させることは大人の責任であり、それは受動喫煙危害に限らない。とりわけ子供の家庭内事故の原因をみてみると、受動喫煙などよりももっと防止策を講じなければならない危険が多数存在する。子供の生命身体の安全に直結する危険が家庭内に多数ある中で、なぜ今、家庭内受動喫煙だけを多種の家庭内危険からわざわざ抜き出すのか。子供を受動喫煙から守るという一般受けする名目で、隠された別の目的の達成を模索しているのではないか。

 喫煙が好ましくない行為であることは論をまたない。しかし、子供を守る必要というなら、より大きな危険を防止する責務も併せて保護者に課す必要を検討しないのか。子供の家庭内事故で多いのは溺死、転落、やけど、誤飲など、命にかかわるものが少なくない。家庭内での子供の健康保全ということを目的に新たな法規制を検討する際には、規制目的を達するための方法や内容が均衡のとれたものである必要がある。

 ところで、子供を守る必要があるとはいえ、家庭内まで法規制の対象とすることは妥当だろうか。家庭内は基本的には私的領域として、家族の自律に委ねられるべきであり、プライバシーの領域にまで法が踏み込むことには謙抑的であるべきだ。法学の世界には「法は家庭に入らず」という格言がある。家庭内にも適用されることが当然である刑法ですら、刑の免除という形ではあるが、親族間の窃盗のように法が家庭に入ることを控えている部分がある。

 もちろん家庭内を規制対象とする法制も珍しくはない。児童虐待防止法やドメスティックバイオレンス(DV)防止法、消防法などがそれにあたる。しかし、これらは直ちに人の安全にかかわる問題であり、窃盗や受動喫煙とは危険の性質が異なる。長期的な健康への影響という観点で、受動喫煙問題とシックハウス問題などは共通の性格であろう。
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 法が家庭内にまで介入しなければならない問題と、介入を控えるべき問題の境界線をどこに求めるか。この点について考えるとき、考慮されるべきは、介入の必要性、介入することによって確保される利益と、法が家庭内に介入することによるプライバシー侵害の程度、代替手段の存否、これらを総合的に勘案する必要があろう。法令で家庭内のケースを規律するということであれば、法執行機関が家庭内に入ることは必然であり、それが許されるのはどのような場合に限られるかということが問題となる。

 提案者によると、今回の条例案は、子供のいる家庭内での喫煙者の心構えを説いた「理念条例」にすぎないとのことであり、罰則は規定されていないので、公権力が家庭内に介入することは考えられない。しかし、都民ファーストの会によると今後、罰則規定の追加もあるとのことなので、この問題はあらかじめしっかりと検討しておくべきであろう。ましてや、この条例案と同じ趣旨の豊島区案では、家庭内違反行為を他人が公権力に通報できるという条項まで置かれていた。

 日本国憲法は、他人の法的保護に値する権利利益を侵害しない限り、個人の私事に関する自己決定権を保障している。子供はこの権利を十分に行使できないからこそ、大人が子供に十全の保護を与える必要がある。この憲法上の枠組みを所与の前提として、子供の受動喫煙防止策や一般的受動喫煙防止策を検討すべきである。現下の受動喫煙防止の主張は、この大前提を踏まえたものとなっているだろうか。

たままき・ひろみつ 東海大学名誉教授。昭和27年生まれ。上智大大学院法学研究科修士課程法律学専攻修了。東海大法学部助教授、同教授などを経て現職。専門は行政法。神奈川県たばこ対策推進検討会座長を務める。