思えば、政党そのものに対する考えが不透明な点や、小池人気だけで政党を維持しようとする点に、日本新党の再来を見るような気がしてならない。1993年の都議選でデビューしたものの、4年後には立候補すら少数になり、都政を国政の足掛かりにしたとの批判を受けた。その際の都議選は過去最低の投票率に終わった。政治献金問題といわれるが、細川首相自身も突然に辞任して「殿の気まぐれ」とやゆされた。新党に対する国民の期待が裏切られた原因の一つであったことは疑いのないところである。
1992年7月の参院選で当選が決まり、日本新党の細川護熙代表(左)と握手をする小池百合子氏=東京都港区の選挙事務所
1992年7月の参院選で当選が決まり、日本新党の細川護熙代表(左)と握手をする小池百合子氏=東京都港区の選挙事務所
 こうしたことを繰り返しては、政治不信につながるだろう。小池知事には都民の期待にかなうように都政に専念していただくことが肝要である。国政に進出したことで、都民ファーストは公明党との連携が崩れ、最大会派であっても過半数を失う結果となるだろう。1回生議員が大半を占める都民ファーストは順風とはいかない展開になることも予想される。優先課題とした都政改革も順調にいかない可能性も出てきたのである。

 こうした政局の話に報道が終始することで、大義のない解散・総選挙に関する報道は鳴りを潜め、重要な政治課題がないがしろにされることにつながった。もちろんメディアにも責任があると思う。とりわけテレビの情報番組は、こうした視聴者の関心を引きやすい話題を優先する傾向にある。無関係とは言わないが、選挙そのものや公約などの政策課題も丁寧に報道してもらいたい。選挙報道はこれからであるが、政策論議になることを期待したい。党首人気の報道だけでは、必ずしも政治の信頼にはつながらない。

 同様に前原誠司氏は何のために民進党代表になったのであろうか。小池知事と交渉するのであれば、すべての議員を希望の党公認にすることを確約してから希望の党と事実上の合流に踏み切るべきではなかったか。民主党政権時の首相やリベラル派を公認しないのでは、民進党そのものがバラバラにされることになる。それが党代表のすることであろうか。

 こうした一連の動きは、日本政治にとって、国民にとって有意義なものなのだろうか。こうした事態は、与野党ともに信頼を低下させる要因になりはしないだろうか。投票率の低下が心配である。必ずしも投票したい候補者がいない場合に、投票を促すために「選挙はよりマシな人を選ぶ」という考え方がある。投票が民主主義の根幹にかかわる有権者の権利であることを表している。その意味で今回の選挙は、国会議員と、それを選ぶ有権者の矜持(きょうじ)が問われているのではないか。これを機に、日本政治が未来に向けて国民の信頼感を得るようになってほしいものである。