現代の「日野富子」小池百合子のあくなき権力欲

『山村明義』

読了まで6分

山村明義(作家、ジャーナリスト)

 小池百合子東京都知事の土壇場での出馬がまだ話題になっている。このまま総選挙に突入すれば、70議席~80議席と言われている獲得議席数が、130~140議席以上と、50議席以上増やす可能性があるから当然だろう。

 小池氏が出馬するかしないかという決断は、公示日になってみないとわからない。なぜなら、小池氏が「100%ない」と言っても、周囲がそれを認めないからだ。なぜ認めないのか。

 小池氏と近かったある元民主党国会議員はこう語った。

 「あの女は、本当に何をするかわからない政治家だからね。これまで長く党派を渡り歩くだけでなく、細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎といった首相級の政治家たちを食い物にして自分がのし上がっていく。日本のしがらみが悪いというが、日本人の縁をまったく大事にしない。希望の党もいつかこれまでの新党と同じ運命をたどると私は思うよ」

会談後、握手して記念撮影に応じる希望の党代表の小池百合子知事(左)と前原誠司氏=10月5日(佐藤徳昭撮影)
 実際に、1992年に日本新党という新党を小池氏や民進党の代表である前原誠司氏らと共に立ち上げた細川護煕氏は、「いやあ、名も実も魂も取られてしまうのではないか、と心配になりますよ」(毎日新聞10月4日付)と前原氏ら希望の党に合流した議員たちに対して、強く危惧しているのだ。

 その前原氏と組んで、まず民進党を三分裂させた上で、一体本当は誰が敵なのかもわからない「現代版・応仁の乱」を勝ち抜こうとする小池氏。5日、その小池氏は前原氏と会談し、小池氏に衆議院選へ出馬することを持ちかけられたが断ったことを明らかにした。

 それでも消えぬ衆議院選出馬ー首班指名での総理就任ーというシナリオは、別にマスコミが面白がっているだけで取り沙汰されているわけではない。それは彼女のあくなき権力欲や実際に永田町で歩いてきた足跡からそう呼ばれているのだ。

 持ち前の度胸と勝負勘、敵と味方をハッキリ分ける非情さを併せ持ち、敵をなぎ倒していくやり方は、まさに応仁の乱そのものだ。その小池氏は、実は永田町などで、応仁の乱と、その後続いた戦国時代を生き残ったある女性に準(なぞら)えられている。

 「小池氏は、『現代の日野富子』ではないか」ー。
 日野富子は、室町幕府第8代将軍・足利義政の正室で、第9代足利義尚の母として、自ら従一位まで登り詰めた。その一方、義政の側室を次々と追放、応仁の乱の原因の一つとして、日野富子が義尚の後見人を細川勝元と争った山名宗全に頼んだーということが指摘されているが、戦乱の世で次々と蓄財を繰り返して、応仁・戦国時代において評判が悪かった日本人としては、指折りの人物として上げられるだろう。

  応仁の乱の時代を生きていた日本人には、これほどまでに日野富子が権力の座を握るとは思っていなかったに違いない。
小池百合子は現代の日野富子か

 その勝負勘で政界を乗り出してきた小池氏に対し、続々と内部からも反旗を掲げる動きが広がっている。まず、自ら作った東京都議でつくる都民ファーストから、一時期は「側近中の側近」と呼ばれた音喜多駿氏と上田令子氏の2人の都議が離党を発表。東京都議団の一人はこう語った。
離党の決断理由を述べる上田令子都議(右)と音喜多駿都議=10月5日、都庁(宮川浩和撮影)
 「小池氏のおかげで当選した都民ファーストだが、自分でつくっておいて責任を取らない小池氏をやり方に内心苦々しく思っている都民ファーストの議員も少なくない。もし小池氏が土壇場で衆議院出馬を表明し、都知事を投げ出せば、離党するかもしれないと言われている都民ファースト議員が7人いると言われている」

 また、国会議員の中からも、長野1区の篠原孝元農水副大臣のように、一度希望の党の公認が決まったにもかかわらず、辞退する政治家も現れている。これは、「すべて想定内だ」と語った前原氏への不満もあるとされているが、小池氏のやり方にはついて行けない人間が続々と出始めているのだ。

 私自身は、小池氏に対して、アメリカを中心とするGHQによる占領期と日本の55年制の下、日本を内側から弱体化することに躍起となってきた左翼・リベラル陣営をこなごなに粉砕したことに対しては大いに評価している。「何でも反対」で、日本にはすでに必要がなくなっていた左翼リベラルを重視するよりも、安全保障や経済の観点から、現実的で自由主義的な保守が侃々諤々(かんかんがくがく)と議論する陣営を日本社会の中枢に置かなければ、日本の未来はないーと考えているからだ。実際に、今回小池氏が仮に出馬しなくても、比例区を合わせれば100近い獲得議席に到達できる力はあるだろう。

 しかし、それにしても、小池氏はやりすぎた。日本人同士のごく普通の人間関係まで何でも「しがらみ」と語り、「改革」をぶち上げて、敵を破壊していくやり方は、新党ブームだった90年代から今世紀に入って、すでに終わったものであり、敵を増やすことを嫌がる日本人からは受けないと思われるからだ。

 この小池氏の評価は、必ず歴史に残る。小池氏が後世の日本人たちから、果たして本当に「現代の日野富子」と呼ぶようになるかどうかは、そのうちわかるに違いない。

この記事の関連テーマ

タグ

「小池劇場」がとことんショボかった

このテーマを見る