「ハルキスト」たちのノーベル賞をめぐる冒険 秋の季語にも?

『BBC』

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2017年10月06日 15:59 公開

そして今年のノーベル文学賞は……また村上春樹さんではなかった。敬愛する作家のノーベル賞受賞をひたすら待ちわびては落胆を繰り返してきた熱烈なファンの、憂愁に満ちた世界をBBCが探ってみた。

ノーベル賞をめぐる飽くなき冒険

静かで思索的な小説で知られる村上春樹さんは現在、世界で最も有名な日本人作家だ。

日本の熱心なファンはもう長年にわたり、世界で最も栄誉のある文学賞の受賞を期待している。そして、「ノーベル文学賞の発表を待ちわびる村上春樹ファンの集い」という現象は、マスコミがさかんに報道する年中行事と化した。

ここで登場するのが、「ハルキスト」と呼ばれる人たちだ。国内各地に集まり、とことん読み込まれてくたくたの村上作品を持ち寄り、(村上作品によく出てくる)ウィスキーをなめる。後ろでは(村上作品によく出てくる)ジャズが流れている。すべて、テレビカメラの前で。

今年も5日夜には、村上さんがかつてジャズ喫茶を経営していた場所に近い東京・千駄ヶ谷の鳩森八幡神社に約200人の「ハルキスト」が集まり、スウェーデン・アカデミーの発表をインターネット中継で見ながら、お祝いのクラッカーを手に待ち構えていた。多くの報道陣に囲まれて。

しかし、今年も期待はかなわず、英作家カズオ・イシグロさんの受賞が発表された。毎日新聞によると、「来場者は『えー』と声を上げて驚いたり、落胆して黙り込んだりしたが、その後は拍手をしたり、クラッカーを鳴らしたりしてイシグロさんの受賞をたたえた」という。

東京・新宿の大型書店、紀伊国屋新宿本店では、もう少し大慌てだった。朝日新聞によると、約30点の村上作品を特設売り場に心を込めて並べていたが、イシグロさんの受賞が発表されると、「おーーー」という声の後、村上作品を急きょ、イシグロ作品に取り換えたという。

この間、イシグロ作品の日本の版元、早川書房の公式アカウントは担当者も「動転しています」とツイートした。

ノーベル賞選考委員会のフェイスブック・ページには、村上ファンをからかう書き込みもあった。ヘルナン・M・サナブリアさんは、「ノーベル賞委員会は、村上ファンと(村上本人に)最大限に嫌がらせをしてるな」と書いた。スダルシャン・ラジブハンダリさんは「カズオ・イシグロ、おめでとう! でも村上もいつかは受賞しないと……来年とか……その次の年とか」と書いた。

これで秋が来る?

この時期になると毎年繰り返される、「村上春樹さん、ノーベル賞受賞ならず」騒ぎは、熱心な「ハルキスト」以外の日本人にとっては、年中行事、もしくは毎年恒例のギャグとなりつつある。村上氏がまたしても受賞を逃さなければ、秋になった気がしないという意見が、ツイッターなどに次々と書き込まれている。

「村上春樹がノーベル文学賞を逃して、全国のハルキストたちが崩れるように悔しがるのを見ると秋の訪れを感じる。#村上春樹 #季語」というツイートはその一例だ。

世界的な人気者でありながら、あるいは高く評価されていながら、そして繰り返し賞にノミネートされていながら、あるいは受賞確実と言われながらも、その人の業界の最高の栄誉をなかなか手にできない表現者は、ほかにもいる。選りすぐりの少数精鋭の集団のようなもので、たとえば米俳優エイミー・アダムズや、故ピーター・オトゥール(ただしアカデミー賞の名誉賞は受賞)、歌手のビヨークやケイティー・ペリー各氏などだ。

でもハルキストの皆さんは決してあきらめてはいけない。あのレオナルド・ディカプリオでさえ、23年待たされた挙句、昨年ついにアカデミー賞を受賞したのだから。

たとえば当時、「ケイリー」さんはツイッターで、「レオ、おめでとう、ついにやったね。オスカーはあなたもの。みんなすごく誇らしい」と書いた。

でも受賞者は日本人だし……というわけにはいかない?

イシグロさんは日本で生まれ、5歳で英国に移住した。英国市民で、作品は英語で書いている。

それでも日本では、イシグロさんを「自分たちのノーベル賞受賞者」と受け止める人もいる。産経新聞サンスポは、川端康成、大江健三郎両氏に続く「3人目の日本出身」受賞者と書いた。

他の日本メディアも、イシグロさんが「自分が育った中の『日本』の部分は、自分という人間や作家にとって不可欠なもの」など、自分にとっての日本について語った部分を大きく取り上げた。

熱心な「ハルキスト」で書店経営者の斎藤祐さんは日刊スポーツに対して、村上さんが受賞を逃したのは残念だと述べながら、イシグロさんが「日本の血を引いた人だから我慢します」と話したという。

しかし、イシグロさんが日本生まれだという部分に注目するこの風潮に対しては、批判もある。ソーシャルメディアでは、たとえば父親が台湾出身の政治家・蓮舫さんなど両親の出身国が異なる人に関する論争を念頭に、海外で育ち成功した日本人を「自分たちの仲間」と歓迎するのは二重基準(ダブルスタンダード)だという指摘も相次いだ。

たとえば「イギリスで育ち イギリス国籍のカズオ イシグロを三人目の日本人受賞者と言い 日本で生まれ育ち日本国籍の蓮舫を中国人と蔑む。 恥ずかしい国 ジャパン」というツイートも、そういう批判のひとつだ。

(加藤祐子、テッサ・ウォン)

(英語記事 Chronicle of the wound-up 'Harukists'