上西小百合(前衆院議員)
 
 私が政治家を志したのは、橋下徹さんの行動力に憧れ、維新政治塾に入ったのがきっかけです。橋下さんは大阪府知事になっても改革を掲げていたので、当然議会とは対立してしまう。ならば、自ら政党をつくり、第一党にしてからは所属議員に任せ、今度は市長に転身して活動する。そのようなダイナミックな政治家は過去にも思い当たらないし、この鮮やかな行動力こそが政治だと思い、塾生になりました。

会見で次期衆院選不出馬を表明する 上西小百合衆院議員
=9月25日、国会 
会見で次期衆院選不出馬を表明する 上西小百合衆院議員
(当時)=9月25日、国会 
 私は政界のことなんて全く知らないのに、立候補する機会をもらった「橋下ベイビーズ」。実際、維新の本拠地大阪から、元議員でも官僚でも後援会でも組織団体でもなく、「しがらみのない」立場から立候補できたのは私だけですから、結果として「唯一の橋下ベイビー」だったということです。

 橋下さんを擁護するわけじゃありませんが、最近、ほとんどの政党が「しがらみのない政治」「開かれた政治」なんて声高に言っています。でも、そろそろ気づいた方がいい。しがらみのない政治や開かれた政治なんてものは存在しない。橋下さんだって、それに挑んで完敗したわけですから。
 
 私は橋下さんの下で2年間、議員活動をしました。橋下さんは基本的に幹部以外の国会議員とは交流しない方でしたし、ご自身でも「飲み会の席では僕の周りからどんどん人がいなくなるんですよ」と自嘲気味におっしゃっていたように、人と気さくにコミュニケーションをとるのが得意ではないと思います。

 そんな人柄の橋下さんが、「党所属地方議員の国会議員への嫉妬」と「地方議員に虐げられる国会議員の恨み」の渦に巻き込まれてしまったのは、かわいそうでしたね。情報が橋下さんに届く前に色んな人の思惑が加わり、事実がねじ曲がって伝わるというか、おかしなことになっていることがよくありました。 
 
 5年間の議員生活で一度だけ体調不良で国会を欠席したときも、最初から直接、橋下さんに話すことができていたら、と心底思います。私は国会では新人なりに成果もだし(たつもり)、一期目で副幹事長にまで任命されたのですが、そんなことは橋下さんに伝わっていなかったようで「あんな小娘が仕事してるわけない! 与党議員との交渉なんてできるはずがない」って思いこんでいたのでしょう。実際には、私の地元秘書が努力して、党のパーティー券販売枚数が上位だったし、党には多方面で貢献していたんですけどね。
 
 ひとつ、橋下さんが私に放った言葉のおかげで気づいたことがありました。それは「議員なら自分を隠さずにさらけ出す」ということです。2年半前、橋下さんは私のことを「29歳の女の子が急に国会議員になって、びっくりするような給料を手にした。だから、それを手放したくないんですよ、お金のために議員をしているんですよ」と言って回った。初めて立候補するときに党から「お金を持っていると思われると投票してもらえないから、なるべくないフリをしなさい」と言われて、何も考えずに従っていましたから、橋下さんがそう勘違いしても仕方ないと思います。