でも、私が公募面接で聞かれたことはたった二つ。

 「選挙費用3000万円くらいだけど、用意できる?」「万が一、落選しても生活は大丈夫?」

 これを私はクリアしていました。議員の給料がなくても、資産運用などで既に生活が安定していたから、私は政治理念を曲げず、保身にも走らず議員としての職責を全うすることができた。それなのに、橋下さんが「お金のために」と言うので、ついに私は「生活を安定させてから立候補した。お金が欲しかったら、野党の国会議員なんかにならない」と本当のことを言いました。そうしたら、ちょっとだけ世間の目が変わったのです。議員であるなら、何でも言ってしまった方が伝わるんだというのは、皮肉だけれど橋下さんに気付かせてもらった大切なことです。

記者会見を行う橋下徹代表、上西小百合衆院議員 (ともに当時)=2015年
記者会見を行う橋下徹代表、上西小百合衆院議員 (ともに当時)=2015年
 あと、橋下さんは人に直接何かを言うのが苦手なのかもしれませんが、よく所属議員宛てにおそろしく長いメールが一括送信されてきました。しっかり読むと非常に論理的でいい内容だったから、そこは「橋下さん、すごいな」と思いました。

 また、私が国会質問中にセクハラヤジを受けた時には「腹の立つヤジだったでしょうが、その場で受け流し、その後これだけ話題となっていることなのに(少し時間がたってから報道されたので)、それに便乗することなく「犯人捜しをするつもりはない」とのコメント、立派です。政治家ですからね、ヤジを飛ばした相手には機会があったらボロクソにやり込めてやって下さい。頑張って下さい。橋下」という激励メールもくださいました。

 “議員が国会内で起こったことで、わざわざメディアの前に出て行って弱々しく被害者面するのは違うでしょ、議員は強くないといけないんだから”という私の思いを橋下さんもわかってくれたんだと、その時は感動しましたね。

 橋下さんの背中を見ながら歩んできた私の議員生活。その中で感じた橋下さんの人柄には、好きな部分も嫌いな部分もあります。どちらが多いかは言いません。でも、政治家としてやってこられた手法は素晴らしいと今でも思っています。

 熱狂の渦を作り上げ、そこに人を巻き込んでいく。大阪府民は6年前、橋下さんから目が離せなくなった。これこそ政治家のカリスマ性であり、今の議員にはないものです。橋下さんと離れてから、それでも何とか橋下さんと直接お話しさせていただきたいと色んなルートでアタックしてきましたが、叶わなかったことは残念でした。

 ただ、私も今回の解散である意味、橋下ベイビーとして一区切りつきました。私が橋下さんについて語るのは、この原稿をもって最後にしたいと思っています。

 これからは自分の信じる政治家としての道をしっかり歩んでいきますね、橋下さん。