正直、渦中の政治家以外、おそらく多くの国民、特に地方圏に住む国民は「希望」とは思っていないのではないか。「全国隅々にまで希望を届ける政治に変える」ときれいごとを並べるが、人口減少で限界集落の加速に悲鳴をあげ、地方創生ひとつパッとしない現状をどう変えるのか、何をどうすれば全国津々浦々に希望を届けられるのか、主張を聞いていてもさっぱりわからない。

 東京大改革と大仰な言い方をしてきた小池氏のマジックか。東京をどう変えるのか、未だ分からないのと同様、選挙が終わった以後も、このままだと口先だけのような気がしてならない。急な解散であわてているのは分かるが、あまりにもお粗末ではないか。

 それは都議選で大勝した小池氏の成功体験にあやかろうという思惑と、都議選での成功を国政選挙で再現しよう、という候補者と党首の思惑の一致以外、どこに大義があるのかわからない民進党解党劇だった。一時的なブーム、風に乗って勝てばそれで官軍、それで全てがリセットなのだろうか。それでは選挙は議員のためだけのものになってしまう。

 そこで、本格的な日本改造論をやるなら、1人、欠けている人物がいる。もちろん、そうした渦中に入るほど軽い人物ではないが、評論家活動をさせておくにはじつに惜しい人、それは橋下氏だろう。
2015年12月、最後の定例記者会見に臨む橋下徹・大阪維新の会代表(当時)
2015年12月、最後の定例記者会見に臨む橋下徹・大阪維新の会代表(当時)
 橋下氏の最近の言動はこうだ(ツイッターから)。
 「ポンコツ議員をこんな短期間で整理するのは、小池さんの公認権に委ねる方法しか実際はない。僕も無責任な机上の論をほざく自称インテリになったもんだ」(9月28日)
 「今の民進党の右往左往ぶりを見ると、ほんとこの党は国家運営を担えない集団だったんだなと改めて感じる。選挙くらいでこんなドタバタぶりだったら国家の危機のときにどうなっていたか。希望に合流しない者たちを、ドンとまとめる者はいないのか。現執行部から金を引き出す知恵者はいないのか」(9月30日)

 こうしたもの言い、感度は極めて高く核心をついているが、だったら2年前まで日本の政局の大きな一翼を担ってきた橋下氏は、高みの見物ではなく、救国のために動くべきではないか。少なくも大阪維新の改革の成功体験の方が、膨張する日本行政の大改革に大きなヒントと説得力を持つと思うが、何より行動力と実践力が氏の8年間を物語る。

 とはいえ、今回の総選挙は小池氏の動きが政局の焦点になった。7月の都議選で都民ファーストの会(都民ファ)を率いて55議席を得て大勝した成功体験を、今度はもう一度国政の場で「希望の党」代表として再現できないか。柳の下にドジョウが2匹いるかどうか分からないが、あわよくば安倍政権に代わって首相の座を射止めることはできないか。そうした思いが「小池一極集中」を押し上げ、政権選択の選挙だとメディア、評論家らは囃し立てる。