丸山清高

 われわれ国民は新聞などのメディアと呼ばれるものから、情報を得ています。ここで重要なのはメディアの人々は、文章ないし文壇によって収益を得る人々だというのは紛れもない事実であると思います。

 そこで「売れる内容」というのは過激な内容であることが多く、それはつまり購読者に受けるように編集されていることを意味します。ということは、当然その情報ソースの妥当性を疑う必要が発生するでしょう。そのため、そうした部分も視野に含めながら今回の選挙について論考することにしました。

 選挙というものは、当然政治家の進退に関わる重要なものであり、ここで政治家が熱弁を振るうのは当然のことと思われます。その信義、信条に基づいた雄弁や一体感を醸し出す「空気」には力強いものがありますが、ここにおいてわれわれは投票という行為によって選ぶ側にあります。つまり、政治家の語る内容の冷静な吟味と、分析が必要なのです。だからこそ、選挙の時こそ国民は冷静になるべきでしょう。
選挙カーから有権者に手を振る立候補者=10月10日、京都府舞鶴市(水島啓輔撮影)
選挙カーから有権者に手を振る立候補者=10月10日、京都府舞鶴市(水島啓輔撮影)
 
 現実問題として、理想的な政治家が存在すればその人に投票するのが当たり前かと思います。ですが、政治家も人間です。テレビニュースや新聞に載っているからといって、何でもできる超人ではないでしょう。そのため、現実に存在する人の中から、誰かは選ばなければならないと思います。選挙である以上、誰かは選ばないといけないのです。無投票も、構わないとは思いますがそれでは国会に影響を与えることは不可能です。一部が投票しなくとも、それでも国会は開かれ、討議は始まってしまうのです。

 日本は、「偏向報道」という言葉が流行した時期に安易な批判が横行し、政権交代を経験しました。その結果、国政がわれわれの生活に、甚大な影響を及ぼすことは十分なほど認知されたと考えています。当然ですが各党、その信義・信条は異なります。個人のレベルのそれと、団体のそれとを同じレベルで論じることに問題は感じますが、それはいわば価値観の違いとも表現できるでしょう。

 当然ですが価値観が異なれば、現実の問題へのアプローチが異なります。具体性を伴った個々の政策が異なるということは、例えば金融政策のような、直接的に経済に影響を及ぼすような政策が変化することを意味します。国政は、われわれの生活と直結しているのです。

 そして「冒頭解散」、「加計・森友隠し」というこの2つのキーワードは、今回の自民党勢力を批判するワードになるかと思います。まず「冒頭解散」に関しては、むしろ本当に、このタイミングで良かったのではないのかと思うのです。理由は北朝鮮のミサイルに代表されるように、この国を取り巻く国際情勢というのは今後、重要な局面を迎えることになると思います。その重要な時期になってから、選挙をするのでしょうか。常識的に考えてその時になって、選挙などやっている場合ではないと思います。

 加えて、国会議員というものはその任期が満了を迎えれば、どうせ選挙をするのです。まずい時期に被るくらいであれば、本当に今のうちにやってしまった方がよいのではないでしょうか。