泰道雄一郎(靖國神社宮掌)

袴の色で職位がわかる!?


 皆さんは「靖國神社」と聞いて、どのようなイメージをお持ちですか。どことなく重々しい、政治や外交のニュースで取り上げられる神社? それとも、桜がきれいな、静かな慰霊のための神社? 実際に参拝いただいた方も、そうでない方も、それぞれに靖國神社像をお持ちだと思います。

 神職についてはいかがですか? あまりご存じない方が多いと思います。そこで、入社五年目の私が、謎に包まれた靖國神社の内部、そして神職としての生活の一端をご紹介しようと思います。
まず、簡単に靖國神社の組織などをご説明します。

 靖國神社では約40人の神職が奉仕をしております。職位の順に、宮司(ぐうじ)、権宮司(ごんぐうじ)、禰宜(ねぎ)、権禰宜(ごんねぎ)、主典(しゅてん)、宮掌(くじょう)の職掌があり、私は一番下の宮掌です。

 職位は袴の色で表され、宮掌は松葉色の袴を穿いています。宮司は織紋入りの白、権宮司は織紋入りの紫、禰宜は薄い織紋入りの紫、権禰宜は紋なしの紫か浅葱色、主典は浅葱色です。

 各職掌には、祭典の際に行うそれぞれの所役(役割)があります。さらに同じ職位の中でも固定的な序列があり、同期の神職同士でも序列の上下が発生します。たまに他の神社から転入してくる方もおられますが、こういった場合は序列の組み直しがあります。私は入社5年目ですが、私より序列が下の神職は2人しかいません。

 神職というと世襲で代々家系(社家)が引き継がれているというイメージがあると思いますが、実際にはそれ以外の者も多く、靖國神社でも社家でない神職が多くいます。私も社家ではありませんが、ご縁をいただいて奉仕をさせていただいております。

 一般の会社組織と同様に靖國神社も組織化されておりまして、各担当部署があります。例えば、祭典・祭儀を統括するのは「祭務部」、遊就館を統括する「遊就館部」など。各部の下に各課があります。人事課や総務課もありますので、この点では一般の企業などと変わらないですよね。
靖國神社ならではの部署としては「調査課」というのがあります。御祭神情報の調査を業務としており、御遺族の依頼に応じて御祭神の情報を提供したり、その訂正などを行ったりします。

参拝者に教えられる大事なこと


 私のような経験の浅い神職はまず祭儀課に配属されます。祭典・祭儀の執行と、参拝者の接遇を主な務めとする部署です。課長以下8人ほどの神職と仕女(しじょ)、事務員、宮務員など三十人近くで構成。ここでも聞き慣れない職名がありますね。「仕女」は靖國神社独特の呼び方で、一般の神社の巫女(みこ)のことです。

 祭儀課は社内では大所帯で、若手の職員も多いので、いつも活気にあふれているんですよ。

 まあ、それだけ大変なことも多いのですけど…。特に新入職員は4月の初めに入社し、そのまま「さくらまつり」の最前線に投入されるため、わけもわからないまま、

 尋常ではない混雑の中で右往左往します。私も入社当初、こんなことがありました。

 硫黄島戦歿者の慰霊祭に参列される御遺族に「いおうじま」と言ったところ「それは米軍が使い始めた呼び方だ! 日本では昔から〝いおうとう〟と呼ぶんだ」と注意されました。慌ててお詫びして頭を上げると、その方の目からは涙があふれていたのです。

 かけがいのない肉親を硫黄島で亡くされ、その慰霊にみえたのに、戦歿地名をかつての交戦国式に呼ばれたら、どんな思いをするか…何気なしに言ったこと、無知から出た言葉が、実はどれだけ人を悲しませ、憤らせてしまうか、思い知った瞬間でした。

 また、戦友の方を参拝へご案内したら「そんなことはわかっている! お前が生まれる前から、毎年ここに来ているんだ」と、お叱りを受けたこともありました。過剰な、無用な親切はかえって無礼になることもあると学びました。

 とにかく緊張と失敗の連続でした。今にして思えば、御遺族や戦友の方は、見るからに入社間もない私に、靖國神社の「感覚」を教えてくださったのだと思います。

一日の始まりは“潔斎”


 では次に、実際に神職がどのような一日を送っているのか、出社から退社まで、順を追ってご紹介します。

 毎朝8時から、御本殿周辺の掃き掃除があり、参拝受入の準備も事前に済ませなければなりません。逆算して7時30分には白衣袴を着て、行動開始、としたいところです。

 スーツ姿で出社して、そのまま白衣袴に着替えていいわけではありません。社務所の地下には潔斎所(けっさいじょ)があり、ここで潔斎を取らなければ白衣を着ることはできないのです。潔斎と書くと大げさですが、全身に水を浴びることです。神社にお参りする前には、手水をとって手と口を清めますよね。これと同じお清めの作法です。神社参拝の前に手水を取ると、とても清々しい気持ちになります。私たち神社に奉仕する者も潔斎を取り、雑念を祓って、清々しい心持ちで社殿に向かうのです。

 朝早くの時間は参拝者の影もまばらです。社務所を出て、桜の枝が広がる境内を横切り、参集殿へ向かいます。私は毎朝、この間に「今日はここまで仕事を仕上げたいなー」「あの起案を上げなければなー」と、一日の目標を決めるのです。実際には半分も達成できませんが…。

 参集殿に着くと、宿直者が事務所に詰めています。

 宿直は月に3、4回あります。公平に振り分けられ、常勤の職員の退社後から、翌朝の9時まで、御本殿をお守りするために参集殿に詰めるのです。

 ですから、朝一番に会うのは前日の宿直者ということになります。参集殿の事務所でまず確認するのは、主な団体参拝、祭典の予定、休暇の職員は誰なのか…これらを見て一日の大体の動きをシミュレートします。

 ところで、神職と言うと「年がら年じゅう神社にいる」というイメージをお持ちではないですか? 靖國神社では出張もけっこうあり、休暇も取れますので、必ずしも「年がら年じゅう」という訳ではないんです。

 ですから、緑袴の神職にとって、その日に誰がいて、誰がいないのかは、とても大事なのです。序列によってその日の役割が自動的に決まるので、自分の序列位置を朝のうちに確認します。

 予定を確認したら準備に移ります。署名簿、控室、下足などを準備し、午前中の参拝に備えます。

笛は神職に欠かせぬ技能


 準備を終えて8時の清掃までに時間があれば、笛の稽古をするように心掛けています。靖國神社で用いられる笛は「神楽笛」という種類の笛です。よく神社で吹かれる龍笛(りゅうてき)より一回り細い笛で、指で押さえる穴も一つ少ないものです。さまざまな祭典で奏されます。神職は神楽笛の習得が絶対なんです。曲目は10数曲あり、自分で稽古し、祭典に備えなければなりません。得意な方はいいのですが、私のような鈍い者は、5年たっても苦しみ続けるのです…。

 さて、8時になると、拝殿の大太鼓が打ち鳴らされ、本殿では朝の神饌(しんせん=供物)をお供えする一日の最初の祭典である朝御饌祭(あさみけさい)が齋行されます。同時に、本殿と拝殿の間の中庭(ちゅうてい)の清掃が始まります。

 太鼓を打つのは、神社に住み込みで実習をしている大学生です。神職と同じ白衣袴を着ています(袴は白)。日中は神社で神饌を準備し、参拝者の介添えなどの実習を行い、夕方から國學院大學で勉学に励んでいるんです。

 春、秋の例大祭でお供えする50台の神饌は、彼ら実習生が中心となって調製します。靖國神社には欠くことのできない存在なのです。中庭掃除は、竹ぼうきで落ち葉を集めますが、夏場は環境が最悪です。

 まずは蚊! ここが都心とは信じられないほどの大群で、虫よけスプレーをかけても、白衣の袖、袴の裾から容赦なく襲撃してくるので、とても間に合いません。こうなると追い払う気力も失せ、吸血されるがままになるんです…。

蚊、クモの巣、鳥フンとの戦い


 さらには直射日光です。ただでさえ強烈な日差しに、玉砂利と石畳から反射が加わって、上下からジリジリくるんですね、これが。汗っかきの職員は下着から白衣まで汗でびっしょり。

 強烈な日差しにはウンザリですが、蚊は日差しの下までは追って来ません。日差しを避けて木陰で蚊に刺されるのを選ぶか、蚊から逃れて日差しに身を晒すか、ほうきを動かしながら、日々悩み続けているのです。

 中庭の掃除に続き、玉砂利の線引き(ならし)を行い、引き続きみんなで元宮、鎮霊社がある一角へ掃き掃除に向かいますが、私は別の担当があるので、いったん草履を脱いで社殿に戻ります。

 私は祭儀課の「恒例祭典」を担当しており、その担当者は朝、社 殿の見回りをすることになっています。本殿、拝殿、南北廻廊を見て回り、あるべきものがあるべき位置に、あるべき形で整っているかを確認します。また、箒でゴミを掃き集め、鳥のフンを拭き取り、竹竿でクモの巣を取り除いたり、穴が開いた障子を補修したりもします。

 特に注意しなければならないのはクモの巣。冬場はあまり気にしなくてもいいのですが、三月初旬、啓蟄のころを過ぎると、蜘蛛が一斉に出てきて、中庭の樹木の間や社殿の隅、手すりの間、灯篭の屋根などに人知れず巣を張るのです。光の加減で目視できない蜘蛛の巣もあるので、巣が張られそうなポイントはとりあえず竹竿を突っ込みます。

 小さな巣も見逃すといつの間にか大きくなってしまうので、根気強く、寒さで蜘蛛がいなくなるまで毎日続けます。蜘蛛からしたら堪ったものではないですね。

 神話の中で「国つ罪」とされるものの中に「飛ぶ鳥の災」「昆虫(はうむし)の災」というものがありますが、毎日社殿で鳥のフン、蜘蛛の巣と戦っていると「神話の時代と変わってないんだなぁ」と思う(私見)のです。

「ドテッ」と転んでもおられず


 この作業を8時から概ね40分で終え、9時からは朝拝(ちょうはい)があります。朝拝には、出社している職員のほとんどが参列します。9時ちょうどに大太鼓が打ち鳴らされ、まずお祓いが行われ、次に拝礼を行ってから、今日の宿直員は誰なのか、祭典、主な参拝の予定はどうなっているのか、会議は何時からどこで行われるのか、社内申し送り事項が伝達されます。

 これが終わると職員は一斉に社殿に散って、掃除をします。朝拝前の掃除は祭儀課の者だけで行う中庭の清掃でしたが、今度は職員全員で行う社殿内の掃除です。各人に振り分けられた担当箇所があり、床の拭き掃除が主です。

 この際、若手はまっ先に駆けて行き、バケツの保管場所の扉を開けなければなりません。が、社殿内は走ってはいけないことになっているので、可能な限りの急ぎ足に。毎朝恒例の〝短距離競歩大会〟です。たまに足が追い付かずに「ドテッ」と転ぶ者がいても、誰も助けてはくれません。

 拭き掃除も毎日行うので、普段の汚れはそれほどでもないのですが、花粉が大量に飛散する季節や空気中の汚染物質が多い日などは、目に見えて雑巾が汚れます。そんな時は二度拭き三度拭きをします。

御遺族の思いは変わらない


 朝拝が終わると、本格的に参拝の受入が始まります。朝拝の前も参拝受け付けはしますが、靖國神社の主な参拝団体である遺族会の多くは、朝拝が終わった後に到着されます。

 全国各地から大小さまざまな遺族会が神社に見えます。若い世代も参加し、バスを10台も連ねて毎年参拝される遺族会もあれば、「もう五人しかいなくなってしまったわ」と皆さん杖をつきながら遠路はるばる見える遺族会もあります。

 とはいえ、御祭神への思いはどの御遺族も同じ。御祭神の生前の様子をご存知の方は、御本殿に昇殿され、涙を流しながら参拝される方が少なくありません。

 遺族の方の参拝の際は、祝詞の中でお身内の御祭神名を奏上します。遺族会でお越しの場合は、全員の御祭神名の奏上をしていると時間がかなり長くなってしまうので、代表として遺族会長さんのお身内の御祭神名と遺族会の名称のみの奏上とさせていただいています。

 遺族会が到着されると、参拝準備が整うまで参集殿でお待ちいただくようご案内すると同時に、会長さんを探し出して受付をお願いしなければなりません。

 署名簿に遺族会名を記入し、前述の代表御祭神名を教えていただくのです。ここで最も大事なことは、読み仮名をはっきりと確認することです。御祭神名はもちろんですが、遺族会名に難読地名が入っている場合や、濁点、半濁点が判別し難い場合が多いのです。

 間違ったまま祝詞奏上が行われると、取り返しのつかない事態になってしまいます。このような受付や参拝者の案内は、ほとんどは若手神職が行う場合が多いので、緑袴の出番です。水色袴や紫袴の方は参拝の順番調整や連絡をして、全体の指揮を執ります。

 案内指令が出たら、遺族会をご案内します。写真撮影の禁止、脱帽のお願いなど簡単な注意事項をお伝えし、手水を取っていただきます。
参集殿の手水舎にも大きな一枚岩も手水盤があります。地味なものですが、側面には「明治二年己巳六月進献」と刻まれています。明治2年というと、靖國神社ご創立の年であり、現在の御本殿より古いものなのです(明治2年の社殿は現在の社殿とは異なる場所にありました)。

 参拝される方にご覧いただけるものとしては最も古い構造物が、この手水盤になるわけです。大変貴重なものですので、皆さんぜひとも昇殿しての正式参拝をされ、 その時にこちらの手水 盤をご覧になり、実際にお使いになってみてください。正式参拝の詳しいことは神社にお尋ねください。

 御本殿では祝詞を奏上し、参拝を終えた皆さんは途中の回廊でお神酒を召し上がり、参集殿に戻ってきます。このような流れで日中の参拝予定が進んでいきます。

御守り担当に提灯担当も


 では、団体参拝がない時間帯は何をしているのかというと、各自の担当の仕事をします。私の担当は前述のように「恒例祭典」。春、秋の例大祭をはじめ神社が主催する各種祭典の準備をするのです。具体的には、お祭りで使うさまざまな道具の管理や神饌の発注、祭典装束の管理などになります。
他にも「御守り」の担当や、奉納された物品を管理する担当、みたままつりの提灯担当もいます。専任であったり、兼務であったりで、状況に応じて担当が変わることもあります。

 さらに自分の担当業務以外にも、さまざまな〝雑務〟が回ってきます。若手ほど多くの雑用が回ってきます。まあ、これは靖國神社に限らずサラリーマンに共通することですが…。

 外から神社を見るととてもわかりにくいと思いますが、靖國神社の神職は参拝者から見えないところでも、事務をしたり、問い合わせ電話を受けたり、駆けずり回って雑用をこなしたりしています。

 そうこうするうちに、一日も終わりに近づいてきました。

 まだ大事な仕事があります。夕方5時までに「祭務報告書」を作らなければなりません。これは、その日の祭典は何時に誰が奉仕したのか、どんな団体が何人参拝したのか、祈願参拝は何件あったのか―など細かく記録するものです。明くる朝、ご神前にお供えして、ご神に奉告しますので、間違いがあってはいけません。もちろんこれも若手神職が作ります。これを完成させ、宿直の神職に認可をもらうまでは帰れないのです。

 通常であれば30分程度で作成できますが、お正月や8月15日などは非常に多くの団体・個人の参拝があるため、集計して確認するだけでも大変。内容が不十分で認可されず差し戻されると、夜中まで作業が続いてしまいます。

退社の〝ハードル〟どこも同じ


 祭務報告書が完成した~さあ、帰宅だ…といきたいところですが、そう単純ではありません。上司の動向を見極めつつ、退社するタイミングをうかがわなければなりません。同世代の会社や役所勤めの方も「きっと同じなんだろうなぁ~」と思いますが、それも共通の〝宿命〟ですね。

 こんな私がこそこそと帰る支度をしていると、来た…「泰道君さぁ、あれ、どうなってんの?いつやるの?」と上司の言葉。

 わが上司(課長)は普段から部下の皆に気を配り、時にはよその課長と侃々諤々の議論を交わすような熱心な先輩で、もちろん尊敬はしております。それだけに、こんな牽制球が飛んでくることもよくあること…。何とか折り合いを付け、スーツに着替えて帰宅の途につくのです。

 以上が靖國神社の若手神職の平均的な一日です。外からは見えないようなところを中心にご紹介しました。靖國神社をより深くご理解いただく一助になりましたら幸いです。

 ついつい愚痴も出ましたが、辛いことがあると、私は権宮司のこの言葉を思い出し、自分の愚痴など些細なことであると思い、日々精進しています。 

「辛いこともあるが、御祭神はもっと大変な困難に立ち向かっていった方々なんだ。それを我々は忘れてはならん」

泰道雄一郎(たいどう・ゆういちろう) 昭和61年、千葉県鎌ケ谷市生まれ。平成22年皇學館大学文学部国史学科卒業。同年靖國神社に奉職、現在に至る。千葉県立高校時代、いわゆる「慰安婦問題」や「強制連行」を吹聴する授業、男女差を無理になくそうとするジェンダーフリー教育に疑問を覚える。神社に関する知識は全く無かったものの、校名からのイメージに魅力を感じて皇學館大に進む。大学入学後、神道や神社に対する興味が強まり、神職をめざす。そして幸運にも靖國神社へ。趣味はドライブ(現在マイカーなし)、世界地図を眺めては海外旅行した気分になること。嫌いな食べ物はキウイフルーツ。奉職後は親元を離れて独身寮暮らし。良き伴侶を募集中。