前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない

『小野展克』

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小野展克(名古屋外国語大学教授)

 10月22日投開票の第48回衆院選で、安倍政権は国民に信を問う。日銀の異次元緩和はアベノミクスの心臓部ともいえる経済政策の中軸であるだけに、その成否が問われることになるだろう。来春には、異次元緩和を導入した日銀総裁の黒田東彦が5年の任期を迎える。異次元緩和の功罪をあらためて検証したい。

 民進党代表の前原誠司は9月28日に開かれた両院議員総会で、希望の党との合流を提案した。これで民進党は事実上の解党となった。

「自分勝手に政治をゆがめる安倍政権を退場に追い込む」

 前原は、希望への合流の目的を安倍政権打破と位置付けた。そして、その際に前原が安倍政権の失政として最初に取り上げたのが、異次元緩和だった。

 「日銀に大量に国債を買わせて無理矢理に金利を下げて、円安にして株価が上がったかもしれない。しかし所得は上がっていない。実質賃金は下がり続け、企業の利益は増えたけれども国民の生活は困窮している」

 「日銀にETF(上場投資信託)を買わせて、みせかけで株価を上げて、アベノミクスはうまくいっているということを引きずっているだけだ」

 前原はアベノミクスに反対する姿勢を鮮明に示し、「反異次元緩和宣言」に踏み込んだ。小池百合子率いる希望の党は公約で「ユリノミクス」を掲げ、「金融緩和や財政出動に過度に依存せず、民間の活力を引き出す」と訴える。前原のように異次元緩和にはっきりとノーを突き付けたわけではないが、異次元緩和の出口に早期に向かわせる公約とも読める。
希望の党公認候補の応援演説に駆けつけた民進党の前原誠司代表=2017年10月14日、群馬県伊勢崎市(吉原実撮影)
 ただ、小池はロイター通信のインタビューに対して、日銀が国債を買い過ぎていると指摘したものの、「大きく方向性を変える必要はない」とし、次期総裁の資質についても「今の延長の部分はあろうかと思う。あまり急激に変えるということは、株式市場にも影響を与えるのではないか」と話し、黒田日銀の異次元緩和の基本的な枠組みは支持する考えを示した。

 黒田の任期は来春に迫っている。日銀法では、総裁は衆参両院の同意を得て内閣が任命すると定められており、事実上、人事権を握るのは時の首相だ。自民単独で過半数を占め、安倍政権が安定的な基盤を維持すれば、黒田の続投か、コロンビア大教授の伊藤隆敏ら、異次元緩和の理論的なバックボーンであるリフレ派から総裁が起用される可能性が高くなるだろう。

 しかし、安倍が首相の座から降りることになれば、次期総裁の行方は途端に混とんとする。実は、日銀が大胆な金融緩和に踏み出せた背景には、安倍の経済ブレーンにスイス大使の本田悦朗や嘉悦大教授の高橋洋一らリフレ派がそろっていたことに加えて、第2次安倍政権の誕生と日銀総裁交代のタイミングが合致していたことがある。
「敗北宣言」黒田の思惑

 日銀の金融政策は、日銀法で政府からの独立性が守られている。たとえ首相であっても、5年間の任期の途中で、総裁の首をすげ替えるわけにはいかない。

 つまり次期衆院選の結果は、日銀総裁人事を通じて、金融政策の行方に決定的な影響を与える可能性があるのだ。市場では、安倍退陣となれば「円高、株安」に向かうとの観測も出始めている。
  
 異次元緩和の目標は、物価が持続的に下落するデフレを解消することにある。裏を返せば、デフレは、持続的に円という通貨の価値が向上していることを意味する。円に対する過剰な信任を破壊し、モノやサービスへの欲望を取り戻すことが、その狙いだ。そのために、日銀が国債を大量に買い込み、円の供給を爆発的に増やすことで円の価値を破壊することが、異次元緩和の要諦といえるだろう。

 黒田は2013年春に、デフレ脱却の旗印として2年で2%の物価目標を達成することを示した。しかし、物価目標の達成時期は繰り返し先送りされ、今年7月の「展望レポート」では「19年度ごろ」とされている。デフレ脱却の見通しは不透明なままなのだ。

 「賃金の上昇が価格の上昇に転嫁されるのを控えるような行動がとられている面もあります」

 黒田は物価が上昇しない理由について、9月21日の金融政策決定会合後の記者会見でこう指摘した。
G20財務相・中央銀行総裁会議の開幕を前に、取材に応じる日銀の黒田東彦総裁=2017年10月12日、ワシントン(共同)
 その背景について、日銀は1年前に公表した「総括的な検証」で「適合的な予想形成」という分析を示した。過去のデフレに引きずられて企業や消費者が行動するため、異次元金融緩和を実施しても人々の物価観を転換できなかったという説明だ。1年後の今も、根強いデフレマインドから抜け出せていないのだ。

 黒田は総括的な検証と合わせて昨年9月、異次元金融緩和とマイナス金利10年物国債の利回りをゼロ近辺に誘導する長期金利の目標を導入した。伝統的な金融政策では、中央銀行が操作するのは短期金利で、長期金利は操作できないと考えられていただけに、異例の政策といえる。

 この政策の枠組みでは、日銀の国債購入は政府の国債発行の増減と表裏一体となり、金融政策は事実上、政府の財政政策に従属する形になった。

 なぜなら長期金利の行方を左右する最大のファクターは、政府が発行する「10年物国債」の量だからだ。政府が財政再建を進めて、国債の発行量を絞れば、長期金利は下落傾向を示し、財政の拡大を進めれば、長期金利は上昇傾向を描く。結局、長期金利をゼロ近辺に誘導するという目標は、政府の国債発行の動きに連動するしかなくなるのだ。

 黒田は、国債購入のげたを政府に預けてしまったのだ。市場では、これを「黒田の敗北宣言」と受け止め、この段階で、異次元緩和は事実上の終止符を打ち、出口に向かって舵を切り始めたと受け止められている。
解散を後押しした異次元緩和

 欧州も「出口戦略」へと進んでいる。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年のリーマンショック後に導入した量的緩和政策を終結、10月から拡大した保有資産の縮小に向かう。米欧の金融政策が引き締めに向かっていることで、日銀は現状維持していても、為替相場は円安に向きやすい。これは、日本経済にとって追い風だ。

 ただ、世界的な経済ショックに見舞われたとき、日銀には、もう多くの手段は残されていない。金融機関の収益を圧迫し猛反発を浴びたマイナス金利を深掘りするのは難しいだろう。市場の価格形成をゆがめていると批判の強いETFの買い増しも採用できないと考えられる。
 
 そうするとデフレ脱却に失敗した異次元緩和は、前原が指摘するように「国民を困窮させた」だけの失政だったのだろうか。

 民主党政権時代の2011年から2012年、為替相場は1ドル=70円台後半を軸に推移、歴史的な円高になっていた。日経平均株価(225種)も2012年には9000円の大台を割り込む場面もあり、低迷が続いていた。

 こうした円高の流れを変えたのが、異次元緩和であった面は否定できない。異次元緩和はデフレ脱却が目的だが、対ドルとの関係でいえば、円の供給量が増えれば円安に向かう効果は当初から期待されていた。

 グルーバル企業の海外子会社において、円安は円換算の利益を押し上げる。この効果は大きく、日経平均株価も、円安を好感して上昇トレンドを描いた。最近では1ドル=110円前後が定着、日経平均株価も2万円の大台を回復している。

 総務省が9月29日に発表した8月の完全失業率(季節調整値)は、前月と同じ2・8%となり、バブル期並みの高水準となった。団塊の世代の大量退職による循環的な人手不足の効果もあるものの、円安による企業収益の好転も企業の採用意欲にプラスの影響を与えたと考えられる。
  
 株価の好転と雇用の増大は、安倍政権の支持率を支えていると言えるだろう。森友学園、加計学園問題をめぐる対応の不手際で、支持率を大きく下げた安倍政権だが、解散総選挙に踏み切る力を与えたのは、異次元緩和の効果も大きかったと考えられる。
街頭演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2017年10月15日、北海道
 9月21日の金融政策決定会合で、新任審議委員の片岡剛士が「効果が不十分だ」と、むしろ緩和強化の必要性を訴え、大規模な金融緩和策の維持に反対した。一方で、審議委員を退任した木内登英はマスコミのインタビューに「金融緩和の副作用は膨らんでいる」「2%の目標を断念して柔軟化すべき」と主張、日銀のOBの中にも、異次元緩和の効果を疑問視する声もある。

 果たして、国民は異次元緩和に、どのように審判を下すのか、注目される。(文中敬称略)

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