アベノミクスの限界「3本目の矢」は放たれない

『加谷珪一』

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加谷珪一(経済評論家)


 解散総選挙は、希望の党と立憲民主党の誕生によって状況が流動化してきた。希望か立憲民主が多数の議席を獲得した場合には経済政策が大きく変わる可能性がある一方、自民党が勝利しても、今回の解散は失敗と見なされる可能性があり、そうなった場合にはポスト安倍が強く意識されることになる。いずれにせよ5年間続いてきたアベノミクスは今回の総選挙をきっかけに何らかの方向転換を余儀なくされる可能性が高い。本稿ではアベノミクスの成果について、あらためて検証していきたい。

 アベノミクスは説明するまでもなく第二次安倍政権が掲げた経済政策のことだが、その内容は徐々に変化しており、現在では明確な定義が難しくなっている。

 当初のアベノミクスは「3本の矢」というキーワードに象徴されるように、3つの柱からなる政策であった。1本目の矢は「大胆な金融政策」で、これは日銀の量的緩和策のことを指している。2本目は「機動的な財政政策」で、主に大規模な公共事業である。そして3本目が「成長戦略」である。 
 
 量的緩和策は、日銀が積極的に国債を購入することで、市場にマネーを大量供給し、世の中にインフレ期待(物価が上昇すると皆が考えること)を発生させるという金融政策である。期待インフレ率が高くなると、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が低下するので、企業が資金を借りやすくなる。これによって設備投資が伸び、経済成長が実現するというメカニズムである。
日銀本店=東京都中央区(早坂洋祐撮影)
 日本は不景気が長期化し、デフレと低金利の状態が続いていた。名目上の金利は、これ以上引き下げることができないので、逆に物価を上げて、実質的な金利を下げようというのが量的緩和策の狙いであった。

 しかし、物価が上がる見通しがついただけでは、経済を持続的に成長させることはできない。本当の意味での成長を実現するには、日本経済の体質を根本的に変える必要があると考えられており、それを実現する手段が成長戦略であった。

 成長戦略の内容は、時間の経過とともに変わっていくのだが、少なくともアベノミクスが提唱された当初は、いわゆる構造改革のことを指していた。だが、構造改革を実施すると、一部の人は転職を余儀なくされたり、もらえていた補助金を失ってしまうなど、痛みを伴うことになる。また、構造改革が一定の成果を上げるまでには、それなりの時間が必要である。その間のショックを緩和するための措置として掲げられていたのが2本目の財政出動であった。
 
 整理するとアベノミクスは、金融政策でデフレからの脱却を試み、財政出動で当面の景気を維持し、その間に痛みを伴う構造改革を実施するという流れだったことになる。

 だが、アベノミクスは、当初描いていたような形には進展しなかった。構造改革に対する世論の反発が強く、安倍首相はやがてこの言葉を使わなくなり、構造改革の司令塔であった規制改革会議も有名無実化された。その後、成長戦略は何度か追加されたが、多くが予算措置を伴うものであり、3本目の矢は、実質的に2本目の矢に収れんしたとみてよい。つまり、アベノミクスは、量的緩和策と財政出動を組み合わせた2本立ての経済政策にシフトしたのである。

 1本目の矢については、当初はうまく機能するかに見えた。量的緩和策がスタートした時点では、消費者物価指数(「生鮮食品を除く総合(コア指数)」)は前年同月比マイナスだったが、すぐにプラスに転じ、消費税が8%に増税された2014年5月にはプラス1・4%(消費税の影響除く)まで上昇した。2%という物価目標の達成はもうすぐかと思われたが、ここを境に物価は失速を開始し、2015年2月には0%まで低下。2016年に入るとマイナスが目立つようになってしまった。
量的緩和策の限界

 日銀は2016年1月にマイナス金利政策を導入し、同年9月にはイールドカーブ・コントロールという聞き慣れない手法の導入に踏み切っている。この手法は、購入額をコミットするという従来の考え方をあらため、購入額ではなく金利水準に軸足を置くというものだが、市場はこの措置について物価目標からの事実上の撤退と認識した。

 結果として、消費者はデフレマインドを強めることになり、物価が上がるとイメージする人はほとんどいなくなってしまった。スーパー大手のイオンは、2度にわたって商品の値下げを敢行したほか、家具大手のイケアも大幅な値下げに踏み切っている。
埼玉県越谷市にあるイオンの店舗
 もっともアベノミクスがスタートして以後の実質GDP(国内総生産)成長率は、2013年度がプラス2・6%、2014年度がマイナス0・5%、2015年度がプラス1・3%、2016年度がプラス1・3%と微妙な状況が続く。直近の四半期については世界経済の回復もあって、1~3月期が年率換算でプラス1・2%、4~6月期が年率換算でプラス2・5%となっており、まずまずの結果だった。

 かなりスローペースではあるものの、日本経済は回復しつつあると評価することもできるが、一方で、安倍政権が掲げていた名目3%、実質2%の成長目標という点からすると、現時点ではほど遠い状況にある。

 ただ、量的緩和策については、国債の総量という上限があり、無制限に継続できるわけではない。市場では量的緩和策はそろそろ限界との見方が支配的であり、少なくとも緩和策の拡大という選択肢はなくなりつつある。消費増税については自民と希望で方針が異なっているが、アベノミクスの主軸であった量的緩和策が限界に近づいている以上、希望が獲得する議席数にかかわらず、何らかの形でアベノミクスが軌道修正される可能性は高いだろう。

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