小池百合子都知事は、「都民ファースト」のかけ声のもと、有権者のあいだで話題になりそうな施策を次々と打ち出している。そのうちのひとつ「教育無償化」について、経営コンサルタントの大前研一氏は異論があるようだ。

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 東京都の小池百合子知事は、都内外の私立高校に通う都内在住の生徒の授業料を、世帯年収760万円未満の家庭を対象に実質無償化する方針だ。国の制度に加えて都独自の特別奨学金を拡充し、都内の私立高校の平均授業料に相当する年44万2000円を支給するもので、対象となるのは私立高校に通う都内在住の生徒16万7000人の3割にあたる5万1000人。この新制度による上乗せ分として2017年度予算案に事務費を含め80億円を盛り込むという。
2017年3月、東京都議会の予算特別委員会に臨む小池百合子都知事(酒巻俊介撮影)
2017年3月、東京都議会の予算特別委員会に臨む小池百合子都知事(酒巻俊介撮影)
 だが、これはあまりにもバカげている。なぜなら、国や地方自治体がやらねばならないのは、中学校までの「義務教育」について公平を担保するための経済的援助に限られると思うからだ。高校、ましてや私立高校は個人の選択の結果であり、それに対して都民の税金から特別奨学金を拠出して無償化するというのは、どう考えてもおかしい。

 しかも、神奈川県・埼玉県・千葉県から都内の私立高校に通っている生徒に都の特別奨学金は支給されないので、投票資格のある人だけに補助金をバラ撒こう、という露骨さが垣間見える。近隣県も黙っていないだろうから、今後は周辺自治体とのサービス合戦になりかねない。優位性が揺らぐ都立高校への影響も避けられないだろう。

 また、世帯年収760万円以上でも、子供2人が私立高校に通っていたらどうなるのか? その場合、世帯年収1520万円未満としなければ理屈に合わないのではないか? そういう矛盾だらけの政策である。

 さらに、もし公的なお金(都民の税金)を小池知事の私的な目的(7月の東京都議会議員選挙対策など)のために使うのであれば、犯罪に等しいと思う。

 そもそも日本国憲法は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」(第26条第2項)と定めている。義務教育ではない高校を無償にするとは書いてない。すでに公立高校は年収910万円未満の世帯を対象に無償化されているが、憲法を厳密に解釈すれば、高校無償化は憲法違反という見方もできるだろう。

 このため日本維新の会は「憲法改正による教育無償化」を提唱し、自民党は大学などの教育に関する財政支援に必要な財源を確保するための「教育国債」を検討している。民進党も教育・子育て政策の財源として「子ども国債」の発行を提案している。与野党そろって教育無償化の大合唱だが、全国の大学・短大の授業料は総額3.1兆円に上り、幼児教育からすべて国が負担すれば5兆円規模に膨らむという試算もある。

 つまり教育無償化はそう簡単に財源が確保できる政策ではなく、それを唱えるなら確たる理念が必要だ。それもなしに無償化するのは単なる大衆迎合にほかならない。

 政治家や官僚は、そもそも何のための教育なのか、義務教育とは何なのか、ということを全く理解していないと思う。その最大の原因は、義務教育がきちんと定義されていないことである。教育基本法第4条に「国民は、その保護する子女に、9年の普通教育を受けさせる義務を負う」「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない」と書いてあるだけだ。

 学校教育法も「6歳から15歳まで」という年齢以外に具体的なことは定めていない。日本の場合、なぜ6・3・3・4制なのか、公立と私立はどうあるべきか、といったことがさっぱりわからないのだ。

 私は、義務教育とは「社会人として独り立ちし、日本国民としての責任を果たせるようにするための教育」だと思う。とすれば、義務教育は小学校・中学校の9年ではなく、高校を卒業する18歳までの12年に延ばし、中学教育と高校教育は重複も多いから6・5制(小学校6年と中高一貫5年)にする。そして残り1年は、お金の借り方・返し方や家庭の持ち方、運転免許など社会人に不可欠な常識をきっちり教え、晴れて18歳で「成人」になる。そこまでを義務教育にして無償化すべきだと思うのである。

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