櫻田淳(東洋学園大学教授)

 先刻の衆議院議員選挙に際して自民・公明の政権与党が総議席の3分の2を獲得した流れを受けて、此度(このたび)の特別国会での首班指名選挙を経て第4次安倍晋三内閣が発足した。先刻の選挙の結果、冷戦期の「55年体制」にも似た自民党「一党優位体制」の様相が、昔日よりも鮮明に出現した。

 此度の選挙は、野党第一党としての民進党が立憲民進党、希望の党、無所属の会、そして参議院を中心とする民進党残党の4政治勢力に分裂しただけの結果を招いた。日本政治の永年の宿婀(しゅくあ)としての「野党の弱さ」は再び世に印象付けられた。このことは、立憲民進党と希望の党という二つの野党の姿から説明される。

 第一に、立憲民進党は先刻の選挙に際しての「躍進」が専ら語られているけれども、その「躍進」の実相はきちんと見ておく必要がある。立憲民主党の獲得議席は55であり、これに共産、社民両党を併せた「日本左派連合」の獲得議席は70に届くかという水準になる。「左派連合」が総議席の15%を占めるに過ぎない勢力にまで零落したということの意味は、「55年体制」下に社会、共産両党を含む「革新」勢力が最低でも20数%の線を保っていた事実に重ねれば、相当に重いものがある。

 これに関連して、立憲民主党の今後の党勢を占う意味では「新人候補はどれだけ勝てたのか」を見ておくのが適切である。どの政党にとっても、「新しい血」がどれだけ入るかは先々の党勢に結び付くからである。この点、立憲民主党が小選挙区で獲った17議席中、新人候補が獲ったのは、北海道の2議席と神奈川の1議席の、併せて3議席に過ぎない。立憲民主党も結局、民進党のリベラル系議員が「看板」を付け替えただけというのが実態であろう。
「民主」と掲げられた立憲民主党の選挙カー=2017年10月、新潟市中央区(太田泰撮影、画像の一部を処理しています)
「民主」と掲げられた立憲民主党の選挙カー=2017年10月、新潟市中央区(太田泰撮影、画像の一部を処理しています)
 しかも、枝野幸男代表は「安保法制を前提とした9条改憲には反対。阻止に全力を挙げる」と語っているけれども、立憲民主党が共産、社民両党と同様に「反改憲」を党のアイデンティティーにしようとするならば、その党勢は尻すぼみであろう。立憲民主党の先々の党勢は、立憲民主党支持層の主体が若年層ではなく高齢層であるという事実にも示唆される。