阿比留瑠比(産経新聞政治部編集委員)

 安倍晋三首相が2013年12月26日、「国民との約束」(菅義偉官房長官)を果たし、靖国神社に参拝したことについて、産経新聞の東京読者サービス室には次のように参拝を喜ぶ声が多数寄せられた。

「うれしくて興奮が収まりません」(東京都、70代女性)

「よくぞ参拝してくれた。胸のつかえが取れた」(東京都杉並区、男性)

「うれしくて泣いてしまいました」(横浜市、80代女性)

「幸せな一日です。こんなうれしいことはありません」(九州、60代女性)

 安倍首相の参拝に否定的な意見は、ほとんどみられなかった。国の最高指導者が、過去に国に殉じた英霊の慰霊・追悼に訪れただけであり、至極当然のことだろうと思う。

 産経新聞の読者だけでなく、他紙の購読者にも安倍首相の参拝を歓迎した人は決して少なくないはずだ。中国、韓国の理不尽な圧力に屈し、戦没者の慰霊もままならないという状況は、どう考えても異常であり、おかしいからである。

戦後の呪縛に縛られたメディアの支離滅裂

靖国神社(東京・九段)

 ところが、参拝を受けた翌27日の在京各紙の社説は、産経を除いて見事に反対論と消極論ばかりだった。まるで安倍首相の参拝に賛成している国民などいないか、いても無視して良いと考えているかのようだ。

 中でも突出していたのは朝日だ。「独りよがりの不毛な参拝」と感情剥き出しのタイトルをつけ、頭からこう決め付けている。

「内向きな、あまりに内向きな振る舞いの無責任さに、驚くほかはない」

「首相がどんな理由を挙げようとも、この参拝を正当化することはできない」

「永遠の不戦を誓った戦後の日本人の歩みに背を向ける意思表示にほかならない」

 ひたすら安倍首相に対する「呪詛」を唱える朝日の社説の方が、よほど独りよがりで不毛ではないか。行間から憎しみがあふれこぼれる「社説」というのも、いかがなものかと率直に思う。

 毎日の「外交孤立招く誤った道」という社説も、朝日よりは冷静な筆致ながら、安倍首相の参拝を全否定している点では同じだ。

「首相自身に歴史修正の意図はなかったとしても、問題は国内外からどう見られるかだ。それに無頓着であっていいはずがない」

「日本を国際社会で孤立させ、国益を損ねかねない誤った道を歩み始めたのではないか。そんな危惧を抱かざるを得ない」

 ちなみに、毎日は「首相は国会で、大戦について『侵略の定義は定まっていない』と侵略を否定したと受け取られかねない発言をした」と批判的文脈で書いている。それでは、次の言葉についてはどうみるのだろうか。

「侵略という言葉の定義については、国際法を検討してみても、武力をもって他の国を侵したというような言葉の意味は解説してあるが、侵略がどういうものであるかという定義はなかなかない」

 これは平成7年10月の衆院予算委員会での村山富市首相(当時)の答弁である。同じ常識的なことを述べても、安倍首相ならばダメだが、村山元首相ならかまわないということだろうか。

露呈した読売新聞の限界


 また、日経も「靖国参拝がもたらす無用なあつれき」との社説で、異口同音に「内外にもたらすあつれきはあまりに大きく、国のためになるとはとても思えない」と書いた。

 本来は純然たる内政問題である戦没者の慰霊・追悼について、外国の意向を「錦の御旗」のように掲げて振り回すのは本末転倒といえないか。

 中途半端だったのが読売だ。「外交立て直しに全力を挙げよ 国立追悼施設を検討すべきだ」との社説は、中韓の激しい批判を「誤解、曲解も甚だしい」と切り捨て、こうも記している。

「一国の首相が戦没者をどう追悼するかについて、本来他国からとやかく言われる筋合いもない」

 ここまでならまさに正論なのだが、結局はいわゆる「A級戦犯」分祀論に触れ、靖国に代わる「無宗教の国立追悼施設」の建立を主張している。読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長は大の靖国嫌いで知られており、この辺りが限界ということか。

 テレビはあまりチェックできなかったが、やはりほぼ参拝反対論一色だったようだ。国民は必ずしも安倍首相の靖国参拝に反対しておらず、賛成派も多いにもかかわらず、なぜこういう一方的な報道になるのか。

 安倍首相の靖国参拝後の報道各社の世論調査では、特定秘密保護法をめぐるゴタゴタで一時低下した内閣支持率は軒並み上昇した。メディアの反靖国報道が、いかに有権者の心に響かなかったかがよく分かる。世論調査では、安倍首相の靖国参拝について「評価する」より「評価しない」との回答が若干上回っているが、政府高官はこれにもこう反論するなど意気軒昂だ。

「『評価する、しない』という質問がおかしい。評価というと他の要素が入ってくるが、素直に『賛成か反対か』と聞けば賛成の方が多くなるのではないか」

 それなのに反靖国報道がやまないのは、戦後70年近くたっても、戦勝国と敗戦国という構図は基本的に変わっておらず、メディアは「戦後の呪縛」に囚われたままでいるということだろうか。

「靖国神社に、首相をはじめためらいなく、他国からいろいろ言われることなくちゃんとお参りできる国をつくりたい。これができなければ戦後は終わらないと、つくづく感じている」

 平成25年8月15日、靖国神社の境内で開かれた戦没者追悼中央国民集会で衛藤晟一首相補佐官が語ったこの言葉が、すべてを表している。結局、「戦後」は国内外でまだ継続しており、日本が国際社会に復帰してから半世紀以上にわたる平和の歩みは、正当な評価も処遇も受けていないのである。

高飛車な「失望」を省みる米国の動き


 それどころか、普通は歳月に伴い風化するはずの「過去」は、当事者たちがいなくなるにつれ抽象化・純化され、放っておけば、観念的だからこそより抜きがたい偏見へと育つ場合もある。

 その事実が端的に表れたのが、靖国参拝をめぐるメディアの何かに脅えたかのような批判報道であり、中韓、そして米国まで巻き込んだ過剰反応なのだと感じる。

「日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかし、日本の指導者が近隣諸国との関係を悪化させる行動を取ったことに、米国は失望している」

 安倍首相の靖国参拝当日、駐日米大使館がホワイトハウスの指示で出した声明は、同盟国である日本に「失望」を表明した異例の内容だった。

 米国は在任中に6度にわたり靖国に参拝した小泉純一郎元首相に対しては、ことさら批判したり、参拝自粛を求めたりしてくることはなかった。中韓の反発についても関知しないという方針を取っていた。

 ブッシュ前米政権で国家安全保障会議アジア上級部長を務めたマイケル・グリーン氏によると、中国が台頭する中で「信頼できる同盟国の首脳を公に批判するのは最悪」との、当時のブッシュ大統領の判断があった。このため、今回も当初、日本側は「参拝したら内々にかなり厳しい反応はあるだろうが、公式な声明で批判してくることはないだろう」(外務省幹部)とみていた。

 にもかかわらず、米国がいきなり高飛車な批判声明を出したことに、政府内には当惑とともに「米国の『失望』に失望した」(政府筋)などと強い反発も広がった。

「オバマ政権は全く戦略的でない。あんな声明を条件反射的に出しても、中韓の対日非難を勢いづかせて余計に東アジアの緊張を高めるだけで、無意味で逆効果だ」

 安倍首相も周囲にこう漏らした。小泉政権には何も文句を言わず、安倍政権には「上から目線」で叱るようなダブル・スタンダードもさることながら、米国が同盟国同士であることの意義や価値を十分に理解していないことに懸念を覚えたようだ。その後、米大使館のホームページに日本国民による声明批判の書き込みが殺到したことで、米側もメディアの論調と国民意識の乖離に気付いたのか、徐々にトーンを弱めた。

「選挙公約を実行したまでで、もう終わったことだ」

 1月8日に訪米した日米国会議員連盟の中曽根弘文会長らと会談したアーミテージ元国務副長官はこう述べた。もとより、民主的手続きを経て選ばれたリーダーが「公約」を実行したことに、他の民主主義国が口出しすべきではない。

「米国務省も『あの声明は失敗だった。意味がなかった』と言い始めた」

 外務省幹部がこう明かすように、声明問題自体は収束に向かったといえる。米国は今年元日に新藤義孝総務相が靖国に参拝した後、ヘーゲル国防長官が小野寺五典防衛相に電話会談を要請してくるなど、対応がぶれた。

なお心配な米国にくすぶる無知と偏見


 だが、こうした声明が出た背景に、東アジア情勢を緊張させているのは中韓ではなく日本だとのオバマ政権中枢の認識があるとしたら、問題は深刻に受け止めなければならないだろう。

 現に、知日派のキャンベル前国務次官補は15日にワシントンで開かれたシンポジウムで、安倍首相の参拝についてこう述べた。

「米外交政策の助けにならない。米政府に不安をもたらした」

 長年にわたって日本や東アジアをウオッチしてきた人物ですら、安倍首相やその政権に対する「不安」を口にするのだ。安倍政権がリスクを取って環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉に参加し、米軍普天間飛行場移設問題も17年ぶりに動かすなど、米国からみて歓迎すべき実績を上げているのもおかまいなしにである。

 これは単に、中韓のロビー活動や宣伝戦が功を奏しているというだけでなく、米国の対日認識にいまだに「好戦的な国」、ナチス・ドイツと組んだ「旧枢軸国」という印象が根強く残っているからではないか。普段は水面下に隠れて見えにくいそうした無知と偏見が、近年の中韓による悪質な対日プロパガンダと安倍首相の靖国参拝をきっかけに、一気に表出したようにも見える。

 ブッシュ前大統領の場合は、小泉元首相とは特に気があった。また、第1次政権時代の安倍首相に対しても「アベを困らせるようなことはしない」と語った情の人だった。

 一方、オバマ大統領は「世界中の大統領、首相クラスに誰も友人がいない」(官邸筋)とされ、首脳同士の人間関係を重視するタイプではない。

 また、米調査会社ユーラシア・グループが今年の世界の「十大リスク」の第1位に米国の「同盟危機」を挙げるほど、同盟国・友好国を大事にしない傾向がある。

 ただでさえ日本への抜きがたい偏見があるところに、オバマ政権特有の外交音痴が重なり、日米関係のきしみとなった。

「すべての戦争で命を落とされた人々のために手を合わせ、冥福を祈り、二度と戦争の惨禍で人々の苦しむことのない時代をつくるとの決意を込めて、不戦の誓いをした」

「中国、韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない。母を残し、愛する妻や子を残し、戦場で散った英霊の冥福を祈り、リーダーとして手を合わせることは世界共通のリーダーの姿勢ではないか」

 安倍首相が靖国参拝時に、記者団にこう真意を説明したことに対し、米大使館声明は「首相が過去に関する反省を表明し、日本の平和への決意を再確認したことに留意する」とも指摘している。ただ、どこまで理解しているかは疑問が残る。

観念的問題と化していく「靖国」


 もちろん、中韓はこの日本たたきの絶好の機会を見逃さない。

「戦後の国際正義や人類の良識を荒々しく踏みにじり、国連憲章に基づく戦後の国際秩序に傲慢に挑もうとするものだ」

 中国の劉結一国連大使は8日、ニューヨークの国連本部で記者団にこう語った。崔天凱駐米大使も同様に、米公共放送(PBS)のインタビューで、安倍首相について「戦後の国際秩序に本気で挑もうとしている」と非難している。

 わざわざ「戦後の国際秩序」をキーワードとして持ち出すのは、戦勝国である米国の理解を求め、ともに日本を永久に「敗戦国」の枠に封じ込めようと呼び掛ける意図からだろう。

 これに日本共産党の志位和夫委員長まで「第2次世界大戦後の国際秩序に対する挑戦だ」と同じことを述べるのだから呆れてしまう。日本共産党はいつから米国主導の現在の国際秩序を肯定するようになったのか。

 韓国紙に至っては、日本のことを「戦犯国」と呼ぶ。先の大戦終了まで韓国が日本の一部だったのだから、それならば韓国はやはり「戦犯国」になるはずだが、彼らはそんな矛盾は気にしない。

 それどころか、韓国では日本と戦争して独立を勝ち取ったかのような「ファンタジー」さえ広く流通しているとされる。これが笑えないのは、米国の歴史認識のレベルも韓国とそれほど差異がないことだ。日本政府高官が昨年春に訪米し、米政府高官らと靖国参拝について話し合った際、こんなやりとりがあったという。

 日本政府高官「そもそも日本は韓国と戦争をしていない。戦没者を祀る靖国への参拝に関し、彼らに文句を言われる筋合いはない」

 米政府高官「初めて聞いた。そうだったのか……」

 さらに韓国は、朴槿恵大統領自身が世界各国で靖国参拝や慰安婦問題で日本の悪口を言う「告げ口外交」を繰り返しており、日本の現実やその歴史に知識のない者は「そんなものか」と受け止めかねない恐れがある。

 先の大戦で戦勝国だった国々にとっても、彼らがつくった戦後秩序を肯定する国々にとっても、日本を「悪者」に仕立てようというのが中韓の国際戦略というわけだ。中韓は、それに「靖国カード」が有効だとみて利用しているだけで、何も靖国にこだわらずとも、他に使えるカードがあればそれでもよかったのだろう。

 小泉元首相は退陣前、周囲によくこんなことを語っていた。

「参拝をやめれば日中間がうまくいくというのは間違いだ。靖国で譲れば、中国は次は尖閣諸島の領有権、東シナ海のガス田、歴史教科書問題と次々に攻めてくる」

 要は、中韓は日本を貶めることができれば何でもいいし、何でもありなのである。中韓はそもそも、国家の成立を支える「建国神話」自体が抗日・反日でできているため、日本批判をやめるわけにはいかない。小泉政権時代と違うのは、「当時より中国は経済的にも軍事的にもはるかに大きな存在感を持っている」(政府高官)ことだ。だからといって、靖国問題で言いなりになるのは下の下策だろう。

 民主党政権の鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦の三代の首相は、それぞれ自らの靖国参拝を否定し、閣僚にも自粛を求めた。この首相の靖国参拝など想定もできなかった時代に、日中、日韓関係はすでに戦後最悪となっていたことは強調しておきたい。小泉氏の指摘通り、靖国に参拝しなければ中韓が矛を収めるなどと勘違いしてはならないのである。

「敗戦国」の枠に封じ込められ続けるのか


 日本としては、中韓がいかに「戦後の世界秩序」を言い募り、また、それに賛同する国があろうと、これからもずっと「敗戦国」の位置づけに甘んじているわけにはいかない。「戦後」は終わらせなければならない。ましてや、中韓がまことしやかに世界に流布する「日本が軍国主義化している」などという「冗談」は、一蹴してみせなければならない。日本は「積極的平和主義」を掲げ、より積極的に世界平和のために役割を果たしていこうとしているだけなのだから。

 安倍首相が言う「戦後レジーム(体制)からの脱却」「日本を取り戻す」という言葉には、こうした中韓が仕掛ける「戦後」のわなや首かせから脱し、自立した当たり前の独立国として世界に貢献していくという意味もあるはずだ。

 だからこそ、米国のバイデン副大統領が事前に不参拝を求めても、安倍首相は多少の摩擦は覚悟して靖国参拝を断行した。戦没者の慰霊のあり方は、米国に決めてもらうような問題ではないのである。そしてそれは中韓が誇張し、米国が不安を覚えるような過去の歴史の正当化や美化、軍国主義の鼓舞には全くあたらない。

「我々は過去の反省の上に立ち、戦後はしっかりと基本的人権を守り、民主主義、自由な日本をつくってきた。今や世界平和に貢献している。今後もその歩みにはいささかも変わりはない」

 安倍首相は靖国参拝時、こうも述べている。首相の本心からなる素直な言葉だと思うし、日本はそのように戦後を歩んできた。それを否定するような謀略には迎合してはならないし、断固として反論すべきである。相手が「嘘も百回言えば真実になる」効果を狙っているのであれば、こっちは靖国参拝を継続しつつ、「本当のこと」を千回でも万回でも言い続けるのが良い。

 本来、持久走は、中韓よりも日本の方が得意とするところだ。腰を据え、覚悟を決めて倦むことなく主張しなければならない。日本は「手強い」と彼らが深く認識し、下手に手を出すと手厳しく反撃されると学ぶことこそが、結果的に問題解決の近道となるはずである。