白石容疑者の犯行から切り離せない「死体愛」の影

『原田隆之』

読了まで10分

原田隆之(筑波大学教授)

 神奈川県座間市のアパートの一室で9人もの遺体の一部が発見されたという事件に、日本中に衝撃が走っている。

 事件の発覚は、東京都八王子市に住む23歳の女性が行方不明になったことが契機となった。この女性は、SNSで自殺を一緒にしてくれる相手を探していたといい、そのつながりから座間市に住む男の存在が浮かび上がり、自宅を捜索した結果、大量の遺体発見となったのである。

 死体遺棄の疑いで逮捕されたのは、白石隆浩容疑者(27)。現在のところ、本人は遺体の遺棄容疑だけでなく、殺害も認めているという。私がこの事件の一報に接し、まず頭に浮かんできたのは「ネクロフィリア」という言葉である。「死体愛」と訳されることがあり、遺体に対して性的な欲望を抱く性嗜好障害の一種である。

 しかし、これは私の単純な連想のようなものであって、最初に断っておかねばならないことは、残念ながらこのような事件に対して、犯罪心理学はとても無力であるということだ。

 なぜなら、何十年に一度起きるかどうかわからない、きわめて特異な事件であり、過去のデータもなければ、研究もほとんどないからだ。このような事件に対しては、想像でしか語ることができず、それは犯罪心理学の専門家として、無責任であるばかりか、ともすれば被害者や遺族も心情を踏みにじるようなことにもなりかねない。
9人の切断遺体が見つかった白石隆浩容疑者のアパート=2017年11月2日、神奈川県座間市
 一方、社会に大きな衝撃と不安を与えている事件について、「わからないから何も語らない」ということも、専門家としての責任放棄になってしまう。ネットやメディアでは、早くもいたずらに事件の特異性や異常性を煽り立てるような真偽の定かではない情報があふれ返り、例によってまたぞろ「エセ専門家」が現れ、興味本位の「分析」を行っている始末である。こうした状況に一定の歯止めをかけ、乏しいデータや事例しかなくても、それらを基に冷静に科学的な分析を加えることも、やはり犯罪心理学を専門とする者の一つの社会的使命なのだと思う。

 こうした前提に立ち、現在の断片的な報道を基に、少ないながらも過去の少数の類似事件のデータや事例を足掛かりとして、私なりの分析を試みたい。まずは、まだ多分に流動的であるが、これまで報道などでわかっていること、わからないことを整理してみる。
 

【わかっていること】

・容疑者は27歳、座間市でワンルームのアパートに一人暮らしをしていた無職の男。

・被害者の1人は23歳の女性で、自殺願望があり、容疑者とはSNSで知り合った。

・遺体(一部)は全部で9体あり、8人が女性、1人が男性のもので、頭部などがクーラーボックスなどに入れられ、部屋に置かれていた。

・容疑者は2カ月前に越してきて、そのころからアパートの住人は異臭がするようになったと証言。

・容疑者は、女性被害者を殺害する前、性的暴行をしたと供述。また、金銭目的、性的暴行目的の犯行であるとも述べている。

・遺体は自宅風呂場でノコギリなどを使って損壊し、内臓や肢体などはゴミとして捨てたという。

・今年5月に職業安定法違反で逮捕され、現在執行猶予中であった。


【わからないこと】

・殺害の時期、殺害方法(現在のところは、8月下旬以降の2カ月間に首を絞めて殺したと報じられている)

・正確な被害者の数(9人で全部か)

・執行猶予中の事件以外の問題行動歴(明るみにはなっていないものはあるか)

・共犯者の有無(ボックスを3人で運んでいたとの証言がある)

・動機(本当に金銭目的か)

 やはり、気になるのは犯行の動機である。本人は金銭目的、女性の暴行目的と供述しているというが、これを正面から信頼することはできない。その目的と9人を殺害し、遺体を「保管」するという事件の態様には、大きな乖離(かいり)があるからだ。純粋にそれらが犯行動機であれば、何も殺す必要はないし、遺体の頭部を家に置いておく必要はない。
指摘される「性的サディズム」

 とすると、やはり一つのキーワードとして、先に述べた「ネクロフィリア」、あるいは「サディズム」のようなゆがんだ性的嗜好の存在が推定できる。一般的に、このような連続殺人事件の場合、そこには大きなゆがんだ衝動があり、さらに衝動コントロール不全がある。これを1人の犯行だとすると、9人も殺害し、その遺体をバラバラにするのは、想像以上に相当なエネルギーと労力がかかる。

 それをわずか2カ月の間にやってのけるというのは並大抵のことではない。したがって、そこにはきわめて強い動機や衝動が想定されるわけである。そして、これだけの大きな衝動、しかも一過性ではない連続した衝動には通常、強い性的な欲動が伴っている。

 この事件でまず思い出すのは、1997年の「酒鬼薔薇事件」(神戸連続児童殺傷事件)である。犯行に及んだ「元少年A」が発表した『絶歌』という手記のなかで、彼は自らが下した遺体損壊の状況を克明に記述しており、その際に抱いた性的興奮のことも赤裸々に告白している。つまり、元少年Aの場合も、単なる殺人衝動というよりは、殺害行為そのもの、または被害者の苦痛、あるいは遺体に対するゆがんだ性的興奮をかき立てられていたわけであり、精神鑑定では「性的サディズム」の存在が指摘されている。
店頭に並ぶ、神戸連続児童殺傷事件の加害男性が「元少年A」の作者名で出版した「絶歌」=2015年9月、神戸市中央区(頼光和弘撮影)
 もう一つ、2005年に大阪で起きた「自殺サイト連続殺人事件」との類似性も指摘できる。この事件では、男女3人が犠牲になったが、犯人の前上博・元死刑囚は2009年に死刑が執行された。彼は、自殺サイトで知り合った被害者を言葉巧みに誘い出し、相手の口をふさいで窒息させ、もがき苦しみながら死亡する様子を見て性的興奮を味わっていたという。

 そして、動機とならんで不可解な点は、遺体を損壊し、それを自宅に「保管」していたという点である。遺体損壊する犯人には、普通は二つの動機があり、一つは激しい憎悪のため、そしてもう一つは証拠隠滅のためである。前者は本件の場合、当てはまらないとすると、後者の可能性が考えられる。

 ただし、この場合も証拠隠滅のためには、バラバラにすれば、それを捨てたり、埋めたりするのが通常である。それを身近に置いていたというのであるから、やはりそこに彼なりの「意味」があったのであろう。もちろん、1人の犯行だと仮定し、車などの運搬手段もなかった場合、単にそれを捨てることができなかったというのが一番単純な理由であるかもしれないが、そうだとしても、ワンルームのアパートで9体もの遺体に囲まれて毎日寝起きしていたというのは尋常ではない。

 この種の犯人の場合、犯行を何度も思い出しては頭の中で反芻(はんすう)し、ゆがんだファンタジーを膨らませて、興奮状態を追体験するということがある。遺体の一部を部屋に保管していたのは、そのための「道具」として用いた可能性がある。

 過度にセンセーショナルな推測は慎むべきだとしても、やはり本件には、このようにゆがんだ性的欲求にもとづく快楽殺人、「死体愛」といった病理を一番の動機として推測せざるをえない。
周到な計画性

 ただ、病的であるとは言っても、犯行には周到な計画性がうかがえる。ネットやSNSで被害者を物色する行為は、まさにその計画性を物語っている。行き当たりばったりの無差別殺人ではなく、より簡単に殺害ができ、性的興奮を味わうことのできる相手を探していたのであろう。被害者の大部分が女性であるのはそのためである。男性の被害者は、殺害された女性被害者の交際相手であると報じられており、被害者を探しに来たところを殺害したらしい。また、本件直前にこのアパートに引っ越してきたことや、遺体を損壊し保管するための道具や手段を準備していたことなどにも、周到な計画性がうかがえる。

 さらに、犯行が露見しないよう、そして自分自身や周囲への「言い訳」として、自殺志願者を被害者としたのではないだろうか。自殺志願者の場合、身寄りや友人がおらず、社会的に孤立していて、殺害しても発覚が遅れる可能性がある。事実、9人目の被害者が出るまで、事件が露見しなかった。
※画像はイメージ(iStock)
 また、本人が死にたがっているのだから、殺してもよいではないか、むしろ本人の希望を叶えただけだという、彼なりの「言い訳」によって、犯行のやましさを紛らわせ、実行へのハードルを下げていた可能性がある。

 一方で、現在のところ大きな謎がまだいくつも残っている。最大の謎は、なぜこの時期に、まるで何かに火が付いたように短期間で大量の殺人を犯したのかということである。前科があるといっても、その内容と今回の事件との間には乖離(かいり)がありすぎる。彼のなかで、このような異常性は昔から影を潜め、それが何かのきっかけで爆発的に発現したということなのだろうか。この点と線をつなぐものは、まだ明らかになっていない。

 さらに謎なのは、被害者についてである。この事件では、加害者の異常性にばかり注意が集まっているが、私は2カ月もの間、都会の真ん中で若い女性が立て続けに消えていたにもかかわらず、9人目の被害者が出るまで、誰も気づいていなかったということに大きな衝撃と寂寥(せきりょう)感を感じている。捜索願などが出されていたのかもしれないが、現時点では被害者が誰であるかまだわかっていない。

 小説や映画の中であれば、次々に女性が消えていることがまず明るみになり、「連続誘拐殺人か」などとメディアが騒ぎ始めるのが常で、警察が次の犯行を防ごうと捜査網を敷いたりする。しかし、現実の世界で起きたこの事件は、誰も知らない間に次々と8人もの若い男女が殺され、容疑者は何食わぬ顔でその遺体と昼夜を共にし、さらなるターゲットを狙っていたわけである。
 
 犯罪史上に残るこの残虐で不可解な事件を見るとき、そこに想像もつかない現代社会の深くて大きな闇が穴をあけているように思えてならない。

この記事の関連テーマ

タグ

「9人殺害した」シリアルキラーの狂気

このテーマを見る