ただ、病的であるとは言っても、犯行には周到な計画性がうかがえる。ネットやSNSで被害者を物色する行為は、まさにその計画性を物語っている。行き当たりばったりの無差別殺人ではなく、より簡単に殺害ができ、性的興奮を味わうことのできる相手を探していたのであろう。被害者の大部分が女性であるのはそのためである。男性の被害者は、殺害された女性被害者の交際相手であると報じられており、被害者を探しに来たところを殺害したらしい。また、本件直前にこのアパートに引っ越してきたことや、遺体を損壊し保管するための道具や手段を準備していたことなどにも、周到な計画性がうかがえる。

 さらに、犯行が露見しないよう、そして自分自身や周囲への「言い訳」として、自殺志願者を被害者としたのではないだろうか。自殺志願者の場合、身寄りや友人がおらず、社会的に孤立していて、殺害しても発覚が遅れる可能性がある。事実、9人目の被害者が出るまで、事件が露見しなかった。
※画像はイメージ(iStock)
※画像はイメージ(iStock)
 また、本人が死にたがっているのだから、殺してもよいではないか、むしろ本人の希望を叶えただけだという、彼なりの「言い訳」によって、犯行のやましさを紛らわせ、実行へのハードルを下げていた可能性がある。

 一方で、現在のところ大きな謎がまだいくつも残っている。最大の謎は、なぜこの時期に、まるで何かに火が付いたように短期間で大量の殺人を犯したのかということである。前科があるといっても、その内容と今回の事件との間には乖離(かいり)がありすぎる。彼のなかで、このような異常性は昔から影を潜め、それが何かのきっかけで爆発的に発現したということなのだろうか。この点と線をつなぐものは、まだ明らかになっていない。

 さらに謎なのは、被害者についてである。この事件では、加害者の異常性にばかり注意が集まっているが、私は2カ月もの間、都会の真ん中で若い女性が立て続けに消えていたにもかかわらず、9人目の被害者が出るまで、誰も気づいていなかったということに大きな衝撃と寂寥(せきりょう)感を感じている。捜索願などが出されていたのかもしれないが、現時点では被害者が誰であるかまだわかっていない。

 小説や映画の中であれば、次々に女性が消えていることがまず明るみになり、「連続誘拐殺人か」などとメディアが騒ぎ始めるのが常で、警察が次の犯行を防ごうと捜査網を敷いたりする。しかし、現実の世界で起きたこの事件は、誰も知らない間に次々と8人もの若い男女が殺され、容疑者は何食わぬ顔でその遺体と昼夜を共にし、さらなるターゲットを狙っていたわけである。
 
 犯罪史上に残るこの残虐で不可解な事件を見るとき、そこに想像もつかない現代社会の深くて大きな闇が穴をあけているように思えてならない。