拉致解決を「トランプ任せ」にして恥ずかしくないのか

『荒木和博』

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荒木和博(拓殖大学海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表)

 大分前だが、警察庁の幹部と話をしていてこういったことがある。

 「拉致被害者を救出できるなら法律を破りますよ」

 その幹部は何も言わなかった。まあ「どうぞ破ってください」とも言えないだろうし、かといって拉致問題を解決できる自信があるわけではないから、「ちゃんとやりますから余計なことはしないでください」とも言えなかったのだろう。

 トランプ大統領が来てどんな約束をしても、米国に日本人拉致被害者を救出してもらうことはできない。自分でやるしかない。日本政府はこれまでの流れでいけば、憲法を盾にしてどこまでも米国任せにしようとするはずだが、それで済むほどことは簡単ではない。それどころか、今後さらに難しい問題が日本には押し寄せてくるはずだ。
2017年11月5日、米軍横田基地に到着し、在日米軍兵士らを激励するトランプ米大統領=(松本健吾撮影)
 総選挙中に麻生太郎副総理が「武装難民」に言及して注目を集めた。半年前になるが、安倍晋三首相は4月17日の衆議院決算行政監視委員会での答弁の中で次のように語っている。

 「わが国に避難民が流入するような場合の対応については、避難民の保護に続いて、上陸手続き、収容施設の設置および運営、わが国が庇護(ひご)すべき者に当たるか否かのスクリーニングといった一連の対応を想定しています。これらの対応を適切に行うべく引き続き関係機関による緊密な連携を図って参ります」

 総理が答弁でスクリーニング、つまり難民の仕分けの問題まで言及したのは、いかに政府中枢でこの問題が深刻に捉えられているかの象徴である。北朝鮮の状況は切迫しており、すでに高官クラスで脱北する人が相次いでいる。今後何らかの政変、例えば金正恩朝鮮労働党委員長の暗殺が起きたとき、秩序が崩壊して各方向に難民が続出するはずだ。
「北の難民上陸」そのとき日本は

 陸続きではない日本に来る難民はそれほど多くないだろうが、北朝鮮の人口は2千数百万であり、拉致被害者はもちろん、在日朝鮮人の帰還(北送)運動でかつて北朝鮮に行った9万3千人とその家族がいる。それらの人の多くは日本を目指すだろうといわれており、数万人くらいは船に乗ってやってくると覚悟しておく必要がある。例えば、2万人でも日本海側の各県平均で1000人以上である。さらにその中には日本に関係のない一般の北朝鮮人や、場合によっては難民を偽装した中国朝鮮族が来る可能性もある。

 やってきた人の中には麻生副総理が指摘した武装難民がいるかもしれない。北朝鮮の漁船の中には多数の海軍の水産事業所の船がある。この船が難民船になる場合、小銃程度の武器を持ってきても不思議ではない。日本側がどう対応するか分からないし、いざとなったら海に捨てればよいのだからだ。しかも、このようなケースの場合、銃を撃ちながら港に入ってくるなどということはあり得ない。隠し持っていていざというときに出すだろう。その武装解除は誰がやるのか。

 また、病気を持った人が乗っている場合もある。処置をしても保険加入者ではない。しかし死にそうな人がいたら放置しておくことはできない。治療にかかった費用を誰が払うのだろう。感染症に罹患(りかん)していればそれが日本国民にうつる可能性もある。防疫も極めて重要である。

 以上は本当に想定されることの一部のそのまた一部である。このような状況になったとき、言うまでもなく対応するのは日本政府であり、日本人である。外国に任せることは物理的にも不可能だ。欧州の各国も大量の難民を受け入れているし、メキシコとの境に壁を作ると公約したトランプ大統領の米国ですら年間数万の移民を受け入れているのだから。
トランプ米大統領(左端)と面会した横田早紀江さん(前列右から3人目)ら北朝鮮による拉致被害者家族会のメンバー=2017年11月6日、東京・元赤坂の迎賓館(ロイター=共同)
 一方、難民が出てくるような状況は悪いことばかりではない。北朝鮮の内部の秩序が崩壊すれば拉致被害者を救出する機会が訪れるからだ。そもそも100人以上いるはずの拉致被害者を、北朝鮮当局との話し合いで最初から帰国させることなど絶対に不可能である。混乱の中、それらの人がどこにいて、どうしているかの情報が入ってくる可能性がある。うまくいけば船に乗って帰ってくる可能性もある。助けに行けるところまで自力で来てくれるかもしれない。
「放置国家」と自ら認めるか

 ただし、このようなとき法律を守っていたら救出はできない。自衛隊は邦人保護に外国に行く場合、相手国の承認を必要とすることになっている。このままであれば行けないのだ。しかし、危険な状況になるかもしれないときに、行けるのは自衛隊だけである。そしてやらなければ見捨てることになるのだ。
2016年12月、陸上自衛隊相馬原演習場で行われた、海外の邦人保護を想定した訓練では、不快な音を出して相手をひるませる機器も使用された
 認定か未認定かに関わりなく、拉致被害者家族に対して「あなたの家族は拉致されていますが法律上助けることはできません。死んでいくのを待つしかありません」と面と向かって言えるのなら言えばよい。それは法治国家ではなく「放置国家」であると自ら認めたことになるが、できるかのような幻想を抱かせるよりは誠実であるといえるだろう。

 今回の総選挙で与党は大勝した。野党第一党になった立憲民主党はリベラル色が強いが、枝野幸男代表は何だかんだ言っても東日本大震災当時の官房長官である。非常事態に対処した経験はあるのだ。当時でも少なくとも菅直人首相よりはまともに見えた。そして日米関係はとにもかくにも良いのである。ある意味条件はそろっているように見える。

 あとは自分でどこまでできるかであり、逆に言えば、これだけ条件がそろっても自分でやらなければ何もできないのである。安倍首相は北朝鮮の予想される事態に対処するための解散だと言った。それならば選挙に勝った以上、しっかりと対処しなければならないはずである。

 本来トランプ大統領に拉致被害者家族を会わせるというのは恥ずかしいことだ。「拉致被害者の救出は日本がやります。米国も協力してください」と言うべきである。

 映画『シン・ゴジラ』の中で首相補佐官役の竹野内豊だったか、「戦後は続くよ、どこまでも」と言っていた。戦後体制とは米国の庇護の下、保護国に甘んじることである。しかし、もう戦後は続かない。自ら政治の責任で現在の矛盾を断ち切り、国家としての整合性を確立できるか、安倍政権の真価が問われている。

 いや、本当に問われているのは私たち日本国民一人ひとりの真価なのかもしれないのだが。

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