ただし、このようなとき法律を守っていたら救出はできない。自衛隊は邦人保護に外国に行く場合、相手国の承認を必要とすることになっている。このままであれば行けないのだ。しかし、危険な状況になるかもしれないときに、行けるのは自衛隊だけである。そしてやらなければ見捨てることになるのだ。
2016年12月、陸上自衛隊相馬原演習場で行われた、海外の邦人保護を想定した訓練では、不快な音を出して相手をひるませる機器も使用された
2016年12月、陸上自衛隊相馬原演習場で行われた、海外の邦人保護を想定した訓練では、不快な音を出して相手をひるませる機器も使用された
 認定か未認定かに関わりなく、拉致被害者家族に対して「あなたの家族は拉致されていますが法律上助けることはできません。死んでいくのを待つしかありません」と面と向かって言えるのなら言えばよい。それは法治国家ではなく「放置国家」であると自ら認めたことになるが、できるかのような幻想を抱かせるよりは誠実であるといえるだろう。

 今回の総選挙で与党は大勝した。野党第一党になった立憲民主党はリベラル色が強いが、枝野幸男代表は何だかんだ言っても東日本大震災当時の官房長官である。非常事態に対処した経験はあるのだ。当時でも少なくとも菅直人首相よりはまともに見えた。そして日米関係はとにもかくにも良いのである。ある意味条件はそろっているように見える。

 あとは自分でどこまでできるかであり、逆に言えば、これだけ条件がそろっても自分でやらなければ何もできないのである。安倍首相は北朝鮮の予想される事態に対処するための解散だと言った。それならば選挙に勝った以上、しっかりと対処しなければならないはずである。

 本来トランプ大統領に拉致被害者家族を会わせるというのは恥ずかしいことだ。「拉致被害者の救出は日本がやります。米国も協力してください」と言うべきである。

 映画『シン・ゴジラ』の中で首相補佐官役の竹野内豊だったか、「戦後は続くよ、どこまでも」と言っていた。戦後体制とは米国の庇護の下、保護国に甘んじることである。しかし、もう戦後は続かない。自ら政治の責任で現在の矛盾を断ち切り、国家としての整合性を確立できるか、安倍政権の真価が問われている。

 いや、本当に問われているのは私たち日本国民一人ひとりの真価なのかもしれないのだが。