安倍総理の「やってる感」に愛想を尽かした拉致家族のホンネ

『有田芳生』

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有田芳生(参院議員)

 「トランプ氏、来日時に横田夫妻らと面会へ調整 『拉致』北に圧力」。
 読売新聞がこう報じたのは10月12日朝刊の一面である。この報道をきっかけに他紙やテレビも後追い報道を始めた。総選挙の真っただ中の報道に接し、私はまた安倍首相の「やってる感」政治だと思わざるを得なかった。

 御厨貴・芹川洋一著『政治が危ない』(日本経済新聞出版社)で紹介されている「やってる感が大事なんだ」という首相の発言である。言い得て妙で安倍政治の手法を本人がよく理解していることを表す言葉である。「やっている」ではない。「感」とは「その・もの(場)の雰囲気から受ける、ある種の判断を伴った印象」(『新明解国語辞典』三省堂)だ。つまり「やっているという印象」である。何か拉致問題が動くかもしれない、そんなムードを広げたことは確かだろう。だがそうだろうか。私はまったく悲観的だ。その理由を知られざる家族の心情もふくめて明らかにしたい。トランプ大統領と拉致被害者家族の面会には5つの問題がある。

横田めぐみさんの父親の滋さん(左)、母親の早紀江さん
=2017年10月4日、 神奈川県川崎市(飯田英男撮影)
 第一に、この報道時点で横田滋、早紀江夫妻をはじめとして、拉致被害者家族に対して、政府からは何の打診もなかった。トランプ大統領に会うのが当たり前のように安倍首相は思っているが、実は拉致被害者家族の気持ちは首相への諦念も含めてすでに相当冷めている。拉致対策本部なども被害者家族の本音を聞いていないから、安倍政権への期待が続いていると勘違いしているのだ。そんな質問主意書をかつて出したところ、被害者家族には必要に応じて情報を提供しているとする答弁が戻ってきた。

 ウソだ。首相官邸などで「家族会」が首相などと懇談することがあるが、拉致問題の具体的情報などは一切知らされない。安倍首相が第2次政権を成立させたのは、2012年12月。「私の政権で拉致問題を解決する」と豪語してから5年になる。拉致問題がまったく解決していないことに、被害者家族は心底落胆している。

 第二に、トランプ大統領が国連総会の演説で拉致問題に触れ、横田めぐみさんのことを語ったことは世論を高めるために意義があることである。しかし残念ながらアメリカ政府は、拉致問題にほとんど関心がない。アメリカにとっての北朝鮮問題とは核であり、ミサイル問題なのだ。

 小泉純一郎政権で拉致問題を金正日総書記に認めさせた客観的背景に、当時のブッシュ政権の「ならず者国家」指定などがあり、北朝鮮が「7・1経済改革」で国内的苦境を打開したいとの狙いがあったことは明らかである。その国際的条件を背景に置いても、拉致問題はあくまでも日本政府独自の課題だったことを忘れてはならない。言葉を換えればアメリカ政府が日本政府の肩代わりで拉致問題を解決することはないのである。安倍政権の「やってる感」で問題が解決しないことは、この5年の歴史がすでに冷厳なる回答を出している。
早紀江さんに口止め?

 第三に、安倍首相をはじめとする政府関係者よりも、帰国した拉致被害者や被害者家族の方が、理論としてではなく、当事者としての切実な皮膚感覚で現状と今後を恐れていることを知らなければならない。

 それは拉致問題解決への協力をトランプ大統領に依頼することで、日本政府としての独自の課題が後継に押しやられてしまい、結局は「拉致問題が終わりにさせられてしまう」という深い危惧である。

 おそらく首相や関係者は、帰国した拉致被害者や被害者家族がそんな思いでいることをつゆ知らずだろう。9月17日に開かれた「救う会」などが主催した国民大集会では「今年中に全拉致被害者の救出を!」が目標として設定された。この集会には安倍首相も出席している。その「今年中」もあと2カ月を切った。14年5月の日朝ストックホルム合意に意味はないとの意見があるものの、政府は破棄しないとしている。

 02年9月の「日朝平壌宣言」からストックホルム合意まで12年。この合意を破棄すればもはや日朝間の交渉は10年単位で動かないことが容易に理解できる。

家族会代表の飯塚繁雄さん(右から3人目)、横田早紀江さん(同4人目)らと面会する安倍晋三首相(同2人目)=2017年9月28日、首相官邸
 第四に、今度のトランプ大統領と拉致被害者家族が面会することが決まってから、驚いたことがある。10月19日に行われた「横田早紀江さんを囲む祈りの会」でのことだ。早紀江さんが「トランプさんに会ったら戦争はしないでくださいと言おうかな」と話すと、「それは政治的発言だから語るべきではない。想い出だけを話せばいい」と関係者がアドバイスしたことだ。

 第二次朝鮮戦争になれば、北朝鮮の攻撃により韓国だけでなく日本にも被害が生じる可能性が高い。作家の佐藤優さんによれば、日米政府は戦争が起きたときのシミュレーションを行っており、北朝鮮もふくめ少なくとも100万人の犠牲者がでるという(『文藝春秋』17年11月号)。北朝鮮にはおそらく拉致被害者がどこかで暮らしているだろう。横田めぐみさんの娘のウンギョンさんとその一人娘も平壌にいる。そうした生命の危険をさらす戦争を起こしてほしくないとの気持ちは、政治的発言ではなく、「人間の根本倫理」(渡辺一夫)である。拉致問題を政治利用して北朝鮮の崩壊を望んできた者たちこそ、「宙返り」した論理にとらわれている。

 第五に、ではどうすれば拉致問題を解決できるのかという根本問題がある。それはストックホルム合意に基づいて、すでに完成していると見られる北朝鮮による報告書を受け取り、厳しい検証作業に入ることだ。警察庁の専門家による現地調査なども必要だろう。北朝鮮は受け入れるという。日本政府は水面下の交渉で、北朝鮮側が拉致被害者の「5人生存、8人死亡」とする2002年の立場を変えていないことから、報告書の受け取りを拒否している。だが重要なことは事実の確認である。北朝鮮がこれまでのように杜撰な調査報告をするなら、徹底して検証、批判すればいい。

 ある被害者家族は「私たちが知りたいのは事実です。運動のための運動をしているのではありません」と語る。外務省は日本人妻や残留日本人問題などの人道課題をまず進めることで、拉致問題に風穴を開けたいとしていた時期がある。それを受け入れなかったのが官邸である。被害者家族はこんな本音を私に語った。

「政府は拉致問題にいつまでも曖昧な対応をするだけで、本音では解決したくないのではないでしょうか」

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