「在韓米軍撤収」これが習近平を黙らせるトランプの隠し球だ!

『李英和』

読了まで8分

李英和(関西大学教授)


 このところ北朝鮮の金正恩政権はすっかり鳴りを潜める。9月15日に中距離弾道ミサイルを試射してからは音なしの構えだ。

 北の核ミサイル開発は、アメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成まであとひと息。向こう半年から一年間で「頂上」に登り詰める。その数歩手前で、金正恩は足踏みする。

 巷(ちまた)では、北朝鮮の次なるICBMの発射実験は、去る10月10日の朝鮮労働党創建記念日、あるいは10月18日の中国共産党大会開催日が有力視された。ところが、大方の予想に反して撃たなかった。筆者の知るところでは、撃ちたくても「撃てなかった」。俗な言い方をすれば「ビビった」のだ。

 技術的に何か問題が起きたからではない。朝鮮半島近海への米空母戦団の派遣や爆撃機の演習を恐れたのでもない。また、共産党大会の開催を前にした中国に脅されたわけでもなさそうだ。

 金正恩が怖じ気づいた理由はただ一つ。11月3日から始まるトランプのアジア歴訪、より正確には11月8日の米中首脳会談にある。そこで北朝鮮の命運が決まることを鋭敏に感じ取った。これが金正恩にミサイル発射を自制させた。
北朝鮮の労働新聞が掲載した、弾道ミサイル「火星12」の発射訓練を視察し、笑顔の金正恩委員長の写真(コリアメディア提供・共同)
 今回のトランプ訪中の目的は二つ。北朝鮮問題と貿易問題の「解決」だ。時間的な切迫の度合いから言えば、前者が最優先の課題となる。知財権などの複雑な貿易問題は後回しにしてもかまわない。むしろ、貿易問題は北朝鮮問題で中国と直談判する際の有力な取引材料の一つだ。

 首脳会談の前にミサイルを発射してトランプを刺激するのは、いくら何でも冒険が過ぎる。同時に、北朝鮮問題と貿易問題でトランプに強く圧迫される習近平の立場をさらに弱めることになる。

 金正恩は固唾(かたず)をのんで米中首脳会談を見守るしかない。したがって、トランプ訪中が終わるまでは、ICBMの発射実験を控えることになるだろう。会談の成り行き次第で、金正恩が実験に込める政治的メッセージを変えることになるからだ。
いずれ崩壊する金正恩政権

 そんな米中首脳会談では何が決まるのか、大胆に予測してみよう。トランプは習近平に北朝鮮の非核化を前提条件として「二者択一」を強く迫る気配が濃厚だ。一つは、北朝鮮に対する原油と食糧の禁輸を含む経済制裁のさらなる強化。端的に言えば、事実上の「経済封鎖」だ。もう一つはアメリカによる予防的な先制攻撃。中国が前者を拒むのなら、後者を容認もしくは黙認させる仕掛けだ。

 米中両国は表面上「北朝鮮の政権交代を目指さない」と言う。だが、二者択一のどちらに転んでも、結果的に金正恩政権は崩壊に行き着く。

 経済封鎖となれば、主役は中国が担うが、日韓両国も一役買うことになる。先制攻撃の場合には、日韓両国は否応なしに協力することになる。そのための事前の調律作業が訪中に先立つ日韓両国訪問だ。

 習近平は上記した二者択一のどちらでも選べる。とはいえ、長大な国境線を接する中国の裏庭での戦乱を黙って見守るのは難しい。金正恩政権に援軍を送ったり、あるいは逆に米軍と共同して金正恩掃討作戦を敢行したりするのは至難の業だ。そうなら、経済封鎖をのむしかなくなる。
新たな最高指導部メンバーを紹介し、拍手する習近平総書記=2017年10月
 その場合、問題となるのは、金正恩政権を除去した後に生まれる北朝鮮の新しい政治地図だ。中国は、韓国が北朝鮮を吸収するのはともかく、北朝鮮領内に米軍基地が展開する事態だけは何としても避けたい。中国軍が「金正恩後」の北朝鮮に進駐するのは無理でも、中国軍と気脈を通じた北朝鮮軍を中軸とする「親中政権」を樹立したいところだ。

 今回の米中首脳会談では、トランプが習近平に貿易問題での譲歩だけでなく、安全保障面で十分な「安心」を与えることが必要になる。現実的な「落としどころ」は次の二点だろう。

 一つは、経済封鎖であれ先制攻撃であれ、米韓両軍が北朝鮮領内に兵を進めないという約束。今の韓国左派政権はその気が毛頭ないので、トランプ政権の決断次第だ。この点では、トランプには習近平を安心させられる「隠し球」がある。近い将来での在韓米軍撤収がそれだ。今回、この「密約」が成立する公算が大だ。

 要するに、北朝鮮だけでなく、朝鮮半島全体を米中両国の「緩衝地帯」とするなる新たな北東アジアの政治地図と経済環境の出現である。

 日韓両国にとって、この金正恩後の北東アジアの将来構想が吉と出るか兇と出るかは未知数である。だが、金正恩にとって「大凶」であるのは疑いない。金正恩は、ICBM完成の頂上を目前にして、険しい絶壁に直面する。だが結局は、中途で下山する勇気はなく、遭難の危険を覚悟して無謀な登頂を試みるしか道はなさそうだ。
金正恩の対中「極秘命令」

 経済封鎖となれば早晩、北朝鮮は経済的に窒息する。最近になって韓国政府が警告するように、大勢の北朝鮮住民がその犠牲になる恐れが色濃い。90年代中盤に続く大飢饉の再発だ。

 2度目の大飢饉を金正恩政権が果たして乗り越えられるかどうか、大いに疑問である。だが、北朝鮮は、前回の大飢饉では国民の10人に1人を飢え死にさせながら、独裁体制を維持して核ミサイル開発を進めた「成功体験」に浸る。

 それに加えて、金正恩は習近平による経済制裁や軍事的圧迫の脅しにまったく動じない。この点については、韓国の駐中国大使による興味深い証言がある。今年9月に起きた6回目の北朝鮮核実験直前の話だ。

 中国政府は「北朝鮮の核実験を阻止した。今後もできないだろう」と米韓両国に自信満々に語っていた(2017年10月17日、朝鮮日報「北朝鮮危機:『核実験阻止する』と自信見せていた中国」)。おそらく北朝鮮に「制裁強化」の脅しをかけたのだろう。ところが、金正恩はそんな習近平をあざ笑い、過去最大規模の「水爆実験」で応じた。

 金正恩が習近平を恐れないのには明快な理由がある。一般には知られていないが、金正恩は昨年3月に朝鮮人民軍の戦略軍司令部に驚くべき命令を下した。「北京に核ミサイルの照準を合わせろ」というものだ。極秘命令とはいえ、筆者の耳に入るくらいだから、習近平がそれを知らないはずがない。半ば公然たる中国への挑戦状である。
弾道ミサイル「火星12」を見る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(手前)。朝鮮中央通信が5月に配信した(朝鮮通信=共同)
 金正恩の愛用句に「日本は百年の敵、中国は千年の敵」というのがある。歴史上、中国は朝鮮半島で「宗主国」として振る舞い続けてきた。それに対する民族的反感が表出したものである。その中国を北朝鮮の核ミサイルが射程に収めた。だが、北朝鮮と中国は表面上、「同盟国」の関係だ。その首都である北京に核攻撃の「自動発射態勢」を取るのは尋常でない。

 ともあれ、核ミサイルの「民族の宝剣」を手にした金正恩は、習近平だけが相手なら「ビビらない」。習近平も金正恩を相手にうかつに手出しできない。金正恩は今般の中国共産党大会に祝電を送ったが、中身は素っ気ないものだった。「恭順の意」を表したものでは決してない。米中首脳会談を意識した危機管理次元での形式的で戦術的な「祝意」に過ぎない。金正恩が恐れるのは、まだ「宝剣」の圏外にあるアメリカだけだ。そのトランプが今、尻込みする習近平の背中を押して経済封鎖に追い込もうとしている。

 米中首脳会談の結果を見極めれば、金正恩は乾坤一擲(けんこんいってき)、年内中に再びICBMの発射実験を強行することになるだろう。


この記事の関連テーマ

タグ

安倍、トランプ「密約」の裏側

このテーマを見る