海老原宏美(人工呼吸器ユーザー)インタビュー

(「創」編集部より)ここに掲載するのは、人工呼吸器ユーザーの海老原宏美さんの2016年の発言だ。海老原さんは脊髄性筋委縮症Ⅱ型という重度の障害で、移動には車椅子を使い、人工呼吸器を日常的に使用している。

 大学生の時から自立し、介助ボランティアの助けを借りながら一人で暮らしている。2009年に仲間と人工呼吸器ユーザーの支援ネットワーク「呼ネット」を設立。2015年、呼吸器ユーザーの生活を描いた映画『風は生きよという』(宍戸大裕監督)という映画を製作、自ら出演した。映画のタイトルの「風」とは、人工呼吸器が吹き込む風をも意味した言葉だ。

 海老原さんの発言は文字にしてみると深刻で重たい内容なのだが、それを明るく前向きに語るのが彼女の特徴だ。映画はいろいろなところで自主上映されている。機会があればぜひ観ていただきたい。

――相模原事件について、発生当時感じたこと、それから何カ月か経って、周りの人の変化とか、話していただければと思います。

海老原 最初は、事件の残虐さに対してショックを受けました。19人の方が抵抗もできない中で殺されていった場面を想像すると、本当にショックです。

 でも一方で、事件が起きたことに対しては驚かなかったというのが正直なところなんです。私は、重度障害者として生きてきた中で、ずっと差別をされてきました。差別というとすごく強い言葉ですが、排除ですね。障害を持っていると常に社会から排除されながら生きていくことになるんです。
「津久井やまゆり園」正門前には献花台が設けられたくさんの人が花を手向けに訪れていた=2016年7月29日午後、相模原市(三尾郁恵撮影)
「津久井やまゆり園」正門前には献花台が設けられたくさんの人が花を手向けに訪れていた=2016年7月29日午後、相模原市(三尾郁恵撮影)
 生まれてすぐ、普通は赤ちゃんが生まれたら周りの人たちから良かったね、おめでとうと言われます。だけど、障害を持った子が生まれてきたとなると、周りから絶対におめでとうって言われないんです。自分のところに子供が生まれて、その子に重度障害があると言われたら、多分周りの人は絶句しますよね。なんて声をかけたらよいかわからない。可哀想ねというのも申し訳ないけど、大変ねって。雰囲気悪くなりますよね。

 生まれた瞬間から障害者って歓迎されていないんですよ。そういう中で生きていく過程で、保育園や幼稚園にも、事故を起こすと困るから入れてもらえない。小学校中学校とかになると特別支援学校の方が人手もあるし、その子のペースにあった勉強ができるからよいんじゃないですかと言われ、地域の学校に入れてもらえない。卒業して、地域で暮らそうと思っても今度は、火事でもあったらどうするんですかと、アパートを貸してもらえない。一人暮らしを始めようとしても、24時間ケアが必要なら施設に行ったらどうですかと言われて、地域から隔離されて排除されていく。常に排除されて生きているんですね。