「障害者の命に価値はないのか」今も私たちを苦しめる負のループ

『月刊「創」』 2017年2月号

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海老原宏美(人工呼吸器ユーザー)インタビュー

(「創」編集部より)ここに掲載するのは、人工呼吸器ユーザーの海老原宏美さんの2016年の発言だ。海老原さんは脊髄性筋委縮症Ⅱ型という重度の障害で、移動には車椅子を使い、人工呼吸器を日常的に使用している。

 大学生の時から自立し、介助ボランティアの助けを借りながら一人で暮らしている。2009年に仲間と人工呼吸器ユーザーの支援ネットワーク「呼ネット」を設立。2015年、呼吸器ユーザーの生活を描いた映画『風は生きよという』(宍戸大裕監督)という映画を製作、自ら出演した。映画のタイトルの「風」とは、人工呼吸器が吹き込む風をも意味した言葉だ。

 海老原さんの発言は文字にしてみると深刻で重たい内容なのだが、それを明るく前向きに語るのが彼女の特徴だ。映画はいろいろなところで自主上映されている。機会があればぜひ観ていただきたい。

――相模原事件について、発生当時感じたこと、それから何カ月か経って、周りの人の変化とか、話していただければと思います。

海老原 最初は、事件の残虐さに対してショックを受けました。19人の方が抵抗もできない中で殺されていった場面を想像すると、本当にショックです。

 でも一方で、事件が起きたことに対しては驚かなかったというのが正直なところなんです。私は、重度障害者として生きてきた中で、ずっと差別をされてきました。差別というとすごく強い言葉ですが、排除ですね。障害を持っていると常に社会から排除されながら生きていくことになるんです。
「津久井やまゆり園」正門前には献花台が設けられたくさんの人が花を手向けに訪れていた=2016年7月29日午後、相模原市(三尾郁恵撮影)
 生まれてすぐ、普通は赤ちゃんが生まれたら周りの人たちから良かったね、おめでとうと言われます。だけど、障害を持った子が生まれてきたとなると、周りから絶対におめでとうって言われないんです。自分のところに子供が生まれて、その子に重度障害があると言われたら、多分周りの人は絶句しますよね。なんて声をかけたらよいかわからない。可哀想ねというのも申し訳ないけど、大変ねって。雰囲気悪くなりますよね。

 生まれた瞬間から障害者って歓迎されていないんですよ。そういう中で生きていく過程で、保育園や幼稚園にも、事故を起こすと困るから入れてもらえない。小学校中学校とかになると特別支援学校の方が人手もあるし、その子のペースにあった勉強ができるからよいんじゃないですかと言われ、地域の学校に入れてもらえない。卒業して、地域で暮らそうと思っても今度は、火事でもあったらどうするんですかと、アパートを貸してもらえない。一人暮らしを始めようとしても、24時間ケアが必要なら施設に行ったらどうですかと言われて、地域から隔離されて排除されていく。常に排除されて生きているんですね。
事件が起きて一番変わったこと

 そういう境遇の中でずっと、「でも私は地域にいたいんです」ということで生きてきました。でもやはり障害者が身近にいると面倒くさいし、コミュニケーションも取れないし、どうしたらよいかわからない。いないほうがよいと思っている人が実はたくさんいるんですね。

 あの事件を受けて、可哀想だね、価値のない命なんてないのに、なんであんなことをするんだろうねって、みんな口々に言うけれども、じゃあ「なんで重度障害者の命に価値があると思うんですか」と逆に聞くと、ちゃんと答えられる人はいないんですよ。
津久井やまゆり園前に設置された献花台=2016年12月8日、相模原市(古厩正樹撮影)
 なぜその命が大事なのか。命が大事だということは、学校の道徳とかで習うけれども、なぜ大事なのかは習わないんですね。そんなものは一緒に生きていく中で感じとることだけれども、共に生きる環境がないから感じ取れないし、誰も教えてくれない。その中で起きた事件なので、背景には複雑な環境があるのだろうけど、起こるべくして起きた事件なのかなと私は思っています。

 あの事件が起きたあと何が変わったかというと、一番思ったのは何も変わっていないということかなと思います。変わったことと言えば、重度障害者という人達が集まる施設があって、そこに障害者がたくさんいるんだということが世の中にちょっと広く知れたということですね。

 でも障害者の命の価値を考える機会にはなっていないし、植松容疑者が本当に狂った人で、あんな危ない人を野放しにしておけないから、精神科病院や刑務所に早く入れてほしいと思う人が多いんでしょうね。危ない人、よくわからない怖い人をどこかに隔離しておいてほしいというのは、重度障害者の人は接し方もわからないし、ケアも大変なので施設に入れておいてほしい、という考え方と全く一緒なんです。

 そういう負のループというか、人手もお金もかかる重度障害者という人がいて、その人達の間で起きた事件というように、ちょっとどこか他人事な受け止め方が多いのではないでしょうか。国民一人ひとりが自分にとってどういう影響があるかと、自分に結びつけて考えていけていないんじゃないかなと思います。

 だから、私の周りにいる人でも、あの事件についてどう思うかとか、議論が盛り上がることがあまりないんですよ。私の生活は変わらない、皆さんの生活も変わらない。ごく一部の特殊な場所で起きた特殊な事件なんだと片付けられてしまっているという、そういう怖さが私の中にはずっとあります。
匿名報道は当事者からみてもおかしい

――周りの人の接し方で、事件の後、何か思うところはないですか?

海老原 障害者にも色々いるんですね。私はあまり自分のことを障害者だとは思っていなくて、ただの人、ただの海老原宏美だとしか思っていない。だから障害者として扱われるとすごく違和感があるし、もっと普通に話してくれればいいじゃんという感覚があります。

 私は聞かれて嫌なことは何もないんです。なんで身体ぐにゃぐにゃなのとか、なんでそんなにガリガリなのとか、全然聞かれて嫌じゃないし普通に答えられるんですよ。ただ、障害者の中には、特に年配の世代はそうですけど、障害を持っていることがすごく特別で、それをちゃんと意識してくれないと嫌だし、配慮してくれないと嫌だと言う人もいます。

 障害者自身が自分を特別扱いしてほしい、だって自分は障害を持っていて、すごく大変なんだから、ちゃんと考えてよ、みたいに思っている人もいる。そういう人は一般人と同じように扱われると逆に怒るんです。「私、大変なのわかるでしょう」って言われたりする。

 本当に障害者って面倒くさくて、そういうところは統一できないかなと思います。事件の時に、例えば匿名性のことが大きく取り上げられたじゃないですか。被害者の名前が出ない、顔が出ないのはどうなのかという意見があった。私もあれはおかしいというか、同じ障害を持つ人間としてすごく寂しかったんですね。

事件のあった「津久井やまゆり園」に花束を持って訪れた人
=2016年7月26日、相模原市
 家族によっては、公表するとすごい取材が押し寄せて、落ち着いて悲しむ時間もなくなってしまうと考えた人もいると思います。そういう大変さはわかるのだけれど、あまりに被害者の背景やその人がどういう人なのかがわからなくて、障害者が殺されたということで一括りにされてしまう。誰が亡くなったということではなく、重度障害者が殺されたということで一括りにされてしまい、それで終わってしまう。そのことに悲しさを感じました。この事件を個人のものとして、被害にあわれた方や関係者、施設で働いている人たち、そういう個人に対する事件として片付けようとしているのか、それとも社会の問題として取り上げるのかということで、その差が出てくるのではないかと思うんです。

 私たちは自立生活センターというところで活動をしていて、障害を持っていても、障害を持っていない人と同じように地域で当たり前に人として生きていける、そういう社会を作るための運動をしているんですね。こういう社会運動を障害当事者が始めた最初のきっかけは、1970年代に「青い芝の会」という団体が障害児殺しに対して起こした運動なんです。
障害者は殺されてもいい存在なのか

 障害を持った子供の将来を悲観して、自分も介護がすごく大変だということもあって、親が障害を持った子供を殺したんです。その殺したことに対して近所の人たちが、どうかあのお母さんを刑罰に処さないでほしい、だって大変だったもの、すごく苦労していたのはわかっていたから、だから許してあげてということで、減刑嘆願運動が起きたんです。

 それを受けて障害者たちが、自分たちは殺されてもいい存在なのか、ということで起こした運動が最初なんですね。私はそれをすごく思い出したんです。障害者って殺されても仕方がない存在なのかなということが、今回の事件とリンクして、頭の中に浮かんできたんです。

 それを施設だけの問題だとか、重度障害者をもった家族だけの問題ということにしないで、社会運動としてこの事件の意味をちゃんと取り上げて広げなければ、ますます私たち重度障害者の生きていく場所がなくなっていくんじゃないか。そう思ったので、匿名性をどうするかという問題、個人の問題とするのか社会の問題とするのかは大事なことだと思います。

――この事件を通じて、障害者に対する社会意識が変わったということはないのでしょうか?

海老原 私が当事者として感じることは、良かれと思ってやってくれることがだいたい差別なんです。特別支援学校とかもそうですよね。送迎をつけて、保護者の負担を減らして、人手も増やして、学校の中で手厚く見てもらえる。あたかもその子のためになっている感じがしますが、学校の中ではそれでよいかもしれないけれど、社会に1回出たら障害を持った人のペースで社会は動いていないんです。あっという間に取り残されていくわけで、それをフォローする仕組みは社会にはないんです。
「津久井やまゆり園」の献花台で花束を手向けた後、目頭を押さえる女性=2016年8月2日、相模原市(三尾郁恵撮影)
 確かに同じペースの子しかいない環境ではいじめもないと思いますが、社会に出たらいじめられるんです。トロいとか、仕事ができないとか。挙句の果てに殺されたりするわけじゃないですか。それに対応する力は、特別支援学校では身につかないんですね。
良かれと思ってやることは大概差別だ

 そういうふうに良かれと思ってやってくれることが大概差別だという思いが私の中にあって、行政っていつもそういうところを勘違いしているなと思います。私が一番大切だと思っているのはインクルーシブ教育で、常に障害者だけでなく外国人だったり、いろんな人達が学校の中で共同生活をする中で、どうやって自分と全然違うタイプの人と生活していくか学び合っていくことがすごく大事だと思っています。日本は今、全く逆のことをやろうとしているので、勘違いが多いと私は思っています。

 私も街を歩いてて「偉いわねえ」って泣かれることがあります。でも、おかしいでしょう? ただ普通にバスに乗っただけなのに、感動してお金くれる人がいるんですよ。もらいますけど(笑)。

 そういうのはちょっと違うんじゃないかなと思っていて、偉いわねっていう言われ方はすごく他人事な感じがします。どういう言われ方をするとよかったと思うかというと「私はあなたがこういうことをやっているのを見て勇気をもらいました。だから自分も明日からこういうことをやってみようかなと思います」とか、自分にちゃんと関連付けて、自分にとって私の存在がどういう意味があったかというところまで伝えてくれると、わー生きててよかったな、呼吸器つけながらバス乗っていて良かったなと思いますね。
(iStock)
 当事者として生きていて思うのは、周りが思っているほど私は大変じゃないんですよ。大変なことも多いですけど、結構面白いんですね。目の前に障害が治る薬があったら飲みますかと言われたら、私は多分飲まないと思うんです。障害と生きるって大変なことがありすぎて面白いんです。別に強がりではなくて、障害があることで、健常者にはない喜びを得られる機会がもの凄くたくさんあって、色んな人に出会えたり、指が動く、手が動くことを凄く幸せに感じられたりだとか、世の中の一個一個の現象に対してすごく敏感になるんです。

 私は進行性の障害なので、いつどう死んでいくかわからない、いつまで生きられるか、いつまで体が動くかわからないという状態に置かれている。死ぬことが身近にあるんですね。だから逆にいまやれることやらなくちゃとか、生に対する、生きるということに対する意識が健常者に比べると日常的に自分の中に湧き上がる機会も多い。1日1日を面白く楽しく生きていこうという思いが凄くあって、障害者として生きるってすごく面白いなと思うんですね。
「死にたい」なら殺してあげようは間違っている

――海老原さんたちは今、映画を作って自主上映を呼びかけていますが、どういうきっかけでそれを製作したのですか。

海老原 もともとこの映画を作ろうと言い出したきっかけは、尊厳死法制化の動きがあって、何とかそれに反対したいということでした。私たちは人工呼吸器を使っている人たちの地域生活支援をやっています。尊厳死を法制化していこうという流れは長年あるのですが、この映画を作ろうとした直前に、にわかに盛り上がって、法律の案が出てきたんですね。

映画『風は生きよという』公式HPキャプチャ
 その案を読んでみると、医師は、患者本人が望まない延命治療を行わなくても責任は問われないと書いてあって、その延命治療の中に私たちが使っている人工呼吸器とか、経管栄養が入っていたわけです。自分の死を自分の望むタイミングで選ぶというのはすごく美しい言葉に聞こえるんですけれど、私は、本当に死にたい人はこの世にいないと思っています。死にたいと言っている人はたくさんいますが、それはこんなふうに生きたいという思いが強いが故に、それが叶えられないから辛くて死んでしまいたいと言うのだと思うんですね。だから、まず社会を変えるとか、安心して生きていける環境を整えていくことが先なんじゃないの、という思いが私たちの中に強くあります。死にたいと言った言葉だけをパッと取り上げて、じゃあ殺してあげようよというのは間違っていると思うんです。

 それを伝えるためにどうしたらよいかを色々考えました。まず人工呼吸器をつけて生きるってどんなイメージですかと聞くと、集中治療室でたくさんの管につながれて、意識もなくて会話もできなくて、ただ死を待つだけというイメージが皆さんの中で大きいんですね。私たちみたいに普通に地域で呼吸器を使いながら生活している人もいる一方で、そういうイメージだけが先行してしまっている。そういう現実が怖かったので、まずは自分たちの生活を見てもらい、知ってもらって、その上でもう一回考えてというふう社会に投げかけたいと思ったのです。それが映画を作ったきっかけですね。

※映画『風は生きよという』の上映予定などは公式ホームページをご覧ください。



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