対談の中で松本さんはこう語っていた。
 「最初は僕は病気じゃないと思っていたし、そもそもなぜ医療の中に入っていたんだろうと思ったりもしたんです」
 「でもその後、冷静になって、改めて彼が書いた手紙を読んでみたんです。最初に読んだ時には、こんなに詳細に計画していたのかと。犯行は周到に計画されて、準備万端だし、しかも犯行後出頭したということは、違法であるという認識もあったと考えられます。これで精神鑑定がなされたら、完全責任能力ありで犯罪になる。そう思ったんですが、2回目に改めて読んで思ったのは、よく考えてみると荒唐無稽じゃないですか。革命を起こすとか5億円くれとか。
 思想と妄想ってどこが違うかって、ずっと僕も考えたんですよ。思想というからには、少なくともそれを読んで、ある程度は、『よし、俺もその革命の同志になろう』という、人を募れる言説じゃなきゃいけない。でも、あれではたぶん誰もついてこないですよね」

 植松被告についてどう見るべきなのか、彼の主張は「思想」なのか「妄想」なのか。松本さんと香山さんは、その後、本誌の2017年2月号でも対談を行っており、今回改めて、本誌に届いた植松被告の手紙を見てコメントもしていただいた。

 また松本さんは2016年10月号の対談でこうも語っていた。
 「病気であったとしても、妄想だとか言動も社会のいろいろなものを吸い取りながらなされるから、社会的問題だということは否定しないし、その通りだと思います」

 病気であったとしても、妄想も社会のいろいろなものを吸い取りながらなされる。これは示唆に富む指摘で、仮に植松被告が何らかの精神障害に冒されていたとしても、彼の「障害者無用論」の背景にあるものを考えることは必要だ。何人かの識者も指摘しているように、植松被告の事件は、弱者を排除しようとする排外主義的な機運が世界中に広がっていることと無縁ではないような気がする。

 そして今回、植松被告がマスコミに送った手紙の中には、トランプ大統領とイスラム国に言及したものもあった。例えば朝日新聞に送った手紙には、トランプ大統領の当選前の演説をニュースで見たのがひとつのきっかけだったと書いていたという。彼の犯行とトランプ演説やイスラム国との因果関係がどの程度あるのかはわからないが、気になるところだ。