「ヒトラーとは考えが違う」植松聖被告が獄中ノートに綴った本心

『月刊「創」』

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篠田博之(月刊『創』編集長)

 「わざわざおいでいただきありがとうございます」。植松聖被告はそう言って、面会室で立ったまま深々と頭を下げた。あの凶悪な事件を起こした犯人と思えないような丁寧な対応をするというのは聞いていた通りだ。

 2016年7月26日未明、津久井やまゆり園に侵入して、障害者19人を殺害、多数に重症を負わせた植松被告に接見したのは17年8月22日のことだった。グレーのTシャツを着てさっぱりした印象なのだが、報道されてきたイメージと印象が異なるのは、髪の色が違うからだろう。逮捕後の植松被告については、彼が送検時に車の中で不敵な笑いを浮かべた映像が何度も公開されたが、あの金髪が強い印象を与えているようだ。髪の色が黒くなった植松被告は、ごく普通の若者という感じで、街中に現れても周囲の人は彼だと気づかないだろう。
植松聖被告(フェイスブックより)
 「髪を染めていたのを黒に戻したの?」。そう尋ねると彼はこう答えた。
 「いや、伸ばしたままにしているだけです。だから後ろの髪の先のほうはまだ前のままなんです」。そう言って首をひねると、後ろで束ねられた髪の先が確かに金髪だった。

 津久井やまゆり園の事件については、改めて詳細を語るまでもないだろう。精神鑑定の結果、植松被告は「自己愛性パーソナリティ障害」という診断を受け、刑事責任能力ありと判定されて2月24日に起訴された。驚いたのはその直後から彼が立て続けに新聞社の取材に応じたことだ。24日は金曜だったが週明けの27日月曜から、東京新聞、朝日新聞、毎日新聞、神奈川新聞と各紙が接見した。

 接見は1日1組と制限されているので、毎日各社が接見希望を出したのだが、3月3日に接見予定だった通信社の依頼を植松被告は拒否。その後、マスコミの接見には応じていない。唯一、朝日新聞記者が事件の犠牲者の家族を同行していったのに応じただけだ。今回、本人に確認すると、毎日1社ずつ会っていってもきりがないと思ったことと、弁護士に止められたこともあったという。
引きずり出されたタブー

 その後、植松被告は接見は拒否したが、マスコミの手紙による依頼には応じて、多くの新聞・テレビに自分の考えを書き送ってきた。ただそこに書かれていた内容は、彼が事件を反省するどころか、改めて障害者を安楽死させよといった主張だったため、大手マスコミは内容を公開せず「身勝手な主張」などと紹介したのみだった。植松被告の主張は昨年2月に、衆院議長のもとへ彼が届けた手紙とも基本的には同じだった。それゆえ差別思想を増幅させてはならないとマスコミが内容を伏せたのは当然と言えた。

 そうした中で、『創』は敢えて2017年9月号で手紙の全文を公開した。その後、手紙のやり取りは頻度を増し、接見も行った。植松被告からは獄中で書いたノートも送られてきた。それらを今回、掲載することにした。この事件では植松被告が精神疾患によってあの事件を起こしたのか、それともそれは排外主義的な「思想」と考えるべきなのか、つまり彼は病気なのかそうでないのかが最大の争点だ。それを判断するためには、彼の主張や行動を検証する必要がある。しかも、この事件は、障害者差別や、犯罪と精神医療の問題など、ある意味でタブーになってきた問題を引きずり出した。植松被告がどこまで自覚していたかは別として、まさに「パンドラの箱」を開けてしまったのだ。
事件発生から1年を前に報道陣に公開された「津久井やまゆり園」=2017年7月、相模原市緑区(共同)
 そうだとしたら、それらの問題に、社会は相当な覚悟を持って立ち向かわねばならない。司法だけに任せるのでなく、精神科医を始めとするいろいろな人の叡智を結集すべきことだと思う。そのためには情報をできるだけ公開することが必要だ。新聞やテレビのように否応なく情報が家庭に飛び込んでくるメディアと違って、雑誌は目的意識的に購入するもので、その点ではこういう作業に向いているとも言える。これまでも本誌は、幼女連続殺害事件の宮﨑勤死刑囚(既に執行)など多くの凶悪事件の手記を掲載してきた。それをまとめた宮﨑死刑囚の著書『夢のなか』『夢のなか、いまも』は、この事件の記録としては最も重要なものと言える。

 相模原事件は単に死傷者が多かったという単純な理由でなく、日本社会が曖昧にしてきた問題をさらけ出したという意味で非常に深刻だ。それゆえ本誌も積極的にこの事件の解明に取り組むことにした。一番恐ろしいのはあれだけ衝撃的な事件だったにもかかわらず、1年たって風化の兆しが見えることだ。事件やニュースがものすごい速さで消費されていく今日においては、深刻な事件であっても、多くの人がすぐに、もう昔の事件であるかのような感覚になっていく。いったい何が植松被告をあの凶行に駆り立てたのか。それは理解可能なものなのか。まずは植松聖という人物に接触することから解明の糸口を見つけたい。前号で彼の手紙を掲載し、今回、彼との接見記録を公開するのはそういう理由からだ。
障害者差別とは違う

 以下の記述はメモをもとにしたものだし、そもそも裁判傍聴のようにメモをとることに専念できるわけではないから、細部は正確でない部分もあると思う。ニュアンスが違っているといった指摘が植松被告からなされた場合は、次号で訂正していくことにしよう。正確さを期すために、被告の見解はできるだけ手紙などの文書で送ってもらうのが望ましいのだが、なかなかそうはいかないこともある。以下の内容は、植松被告との接見の直後、記憶をたどってメモをまとめたものである。

 篠田 この間、君はヒトラーの思想と同じだとよく言われているけれど、君自身は手紙で、それは違うと言っている。だからヒトラーと君の考えのどこがどう違うのか確かめたい。君は昨年2月に津久井やまゆり園で職員らと話をした時に、「それじゃヒトラーと同じじゃないのか」と言われ、それを覚えていたので、措置入院の時に「ヒトラーの思想が降りてきた」と語ったという。それで間違いない?
 植松 その通りです。もともとヒトラーがユダヤ人を殺害したのは知っていましたが、障害者をも殺害していたことは知らなかったんです。その時、職員から初めて聞きました。

 篠田 措置入院の時に「ヒトラーの思想が降りてきた」と言ったのはどういう意味だったの?
 植松 それほど深い意味を考えて言ったわけではありません。今ちょうど『アンネの日記』を読んでいるのですが、ヒトラーと自分の考えは違います。ユダヤ人虐殺は間違っていたと思っていますから。

 篠田 じゃあナチスが障害者を殺害したことについてはどう思うの?
 植松 それはよいと思います。ただ、よく自分のことを障害者差別と言われるのですが、差別とは違うと思うんですね。

 篠田 君は津久井やまゆり園で起こした事件については、今も間違っていたと思っていないわけね。
 植松 安楽死という形にならなかったことは反省しています。

 篠田 つまり死を強制してしまったことね。でも殺されるほうは同意するわけないじゃない。今『アンネの日記』を読んでいると言ったけど、君の優生思想と言われる考え方については、いろいろ調べたりしているの? 前の手紙でも難しい本を挙げていたよね(本誌前号参照)。ええと何という本だっけ。
 植松 『アサイラム』ですね。あれは記者の方に教えてもらったのです。

 篠田 君自身はどんな本を読んでいるの。
 植松 鑑定のために一時立川署にいたのですが、その時はいろいろな本を読みました。医療関係の本とかですね。

 篠田 精神医療ということ?
 植松 延命治療とか安楽死とかについてです。

 篠田 ああ、そういうことか。君は精神鑑定で「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されたけど、それについてはどう感じているの?
 植松 指摘されたことについては、ああそういうこともあるのかと、自分の欠点を指摘されたと思いました。ただ、それを「障害」と言われると違うと思います。

 篠田 鑑定は君の責任能力を見るために行われたわけだけれど、君は昨年2月に衆議院議長に届けた手紙で、心神喪失という診断で無罪にという話を書いていた。今回の鑑定では責任能力ありと診断されたわけだけれど、そこのところはどう考えているの?
 植松 あの手紙のその部分については、そこまで深く考えて書いたわけではないのです。
「不敵な笑い」はまずかったなあ

 篠田 君は自分のことがどう報道されているかある程度は知っているのだと思うけれど、テレビは見ているの?
 植松 テレビは見ていません。

 篠田 じゃあ送検の時の「不敵な笑い」と言われた君の表情については動画では見てないの?
 植松 それは新聞で見ました。まずかったなあと反省しました。

 篠田 「不敵な笑い」と言われても自分ではそんなつもりはなかったと。
 植松  はい。

 篠田 取材陣が殺到する異常な光景を見て思わず笑ってしまい、「不敵な笑い」と言われるのは、こういうケースでよくあることだよね。テレビを見ている人には取材陣が大混乱している様子が映されないから、事情がわからない。君はマスコミとの接見は拒否しているけれど、友人や家族とのやり取りはできているわけでしょう。
 植松 はい。

 篠田 昨年、措置入院から退院した後、両親と一緒に暮らすと言っていながら、実際はまたそれまでと同じ家に戻って一人暮らしをはじめ、それが君へのフォローができていなかったひとつの理由と、厚労省の報告でも分析されていたけれど、あの時はどうしてそうしたの?
 植松 別に深い理由があってそうしたわけではありません。

 篠田 君は退院の後、友人などに、障害者を安楽死させるという話を語って驚かれていた。君のその考えが拒絶されたことについてはどう考えていたの? 同意する人はいなかったでしょう。
 植松 いや、そうでもありません。確かに拒絶する人もいましたが、理解はしたうえで、でもそれは法律上許されないからという人もいました。自分としてはそう指摘されて、それなら法律を変えなくてはいけないと思いました。

 篠田 でも君の考えに同意する人はいないと思うけどなあ。
 植松 自分の考えをきちんと説明すればわかってくれる人もいると思っています。

 篠田 いたとしてもごく少数だろう。
 植松 いやきちんと説明すれば半分くらいの人はわかってくれると思っています。

 篠田 半分はいないでしょ。
 植松 逮捕されてからもいろいろな人にこの話をしていますが、皆聞いてくれています。

 植松被告が、自分の主張をきちんと説明すればわかってくれるだろう人を「半分くらい」と言ったことに対しては私も驚き、「いやそんなにいないだろう」と少し応酬になった。半分はいくら何でも多いだろうが、それは私が「君の考えは周囲にはほとんど同意されなかったはずだ」と強調したので、もしかすると彼も反発して強気の発言をしたのかもしれない。
津久井やまゆり園での事件から1年が経過し、献花台に献花する園関係者=2017年7月、神奈川県相模原市(桐山弘太撮影)
 私はこれまで世間で凶悪犯罪と言われた事件の当事者に何人も接してきたが、植松被告の特異な点のひとつは、あれだけの事件を起こして社会から指弾されながら、いまだに自分の考えは正しいと思い込み、それだけでなくそれを世に問いたいと考えていることだ。彼が接見禁止が解けて以降、マスコミ取材に応じてきたのは、それが理由だったのだろう。この強固な思い込みをいったいどう考えたらよいのか。そうした思い込みを実行に移そうとまでしたのがこの事件だが、そうした彼のパーソナリティをどう考えるべきかも精神分析の対象だろう。
手紙からわかった客観的な目

 その話に入る前に、ここでこの間、植松被告とやり取りした手紙の内容を紹介しておこう。そうしたやり取りを経て、この接見に至っているわけで、実際、彼の手紙には興味深い記述も少なくないからだ。


【8月2日付、植松被告の獄中からの手紙】
 同封してもらいました「ドキュメント死刑囚」を拝読させていただきました。宮﨑勤に関して執行までに12年かかっているわけですが、1食300円として食費だけで12年間で432万円の血税が奪われております。意思疎通がとれない者を認めることが、彼らのような胸クソの悪い化け者を世に生み出す原因の一つだと考えております。
 第二次大戦前のドイツはひどい貧困に苦しんでおり貧富の差がユダヤ人を抹消することにつながったと思いますが、心ある人間も殺す優生思想と私の主張はまるで違います。赤ん坊も老人も含め全ての日本人に一人800万円の借金があります。戦争で人間が殺し合う前に、まず第一に心失者を抹殺するべきです。とはいえ、1千兆円の借金も返済できる金額ではなく、戦争をすることでしか帳消しにできないのかもしれません。
 ゴミ屋敷に暮らす者は周囲の迷惑を考えずにゴミを宝と主張します。客観的思考を破棄することで自身を正当化させております。新聞のコピーも同封して貰いまして誠にありがとうございました。人生の多くを費やした者を無駄とされ憤るお気持ちはとてもよく分かります。ですが、遺族や障害者協議会など関係者に対して「現実逃避障害」と診断させていただきます。(以下略)

 冒頭の『ドキュメント死刑囚』云々は拙著を送ってあげたことへの返事だが、執行までに12年というのは植松被告の勘違いで、12年は私が宮﨑死刑囚と接した年月だ。実際には逮捕から執行までは20年近く費やしている。私が拙著を送ったのは、死刑囚の現実について彼に知っておいてもらったほうが今後のためだという思いからだった。でもそれに対して、死刑囚をも早く執行しないと税金の無駄だと主張したのには驚いた。植松被告は自分もこのままでは死刑囚になるかもしれないという思いがあまりないのか、それともそれをわかったうえで早期執行をと言っているのだろうか。死刑執行を延ばすのは税金の無駄使いだという主張はこれまでにもあったけれど、植松被告がそれを主張するのは意味が異なる。


【8月9日付、植松被告からの手紙】
 先日は『創』9月号を差し入れていただきまして誠にありがとうございました。多くの利権を壊す私の考えは世間に出ることは無いと半ば諦めておりましたので『創』を読んだ時は手が震えてしまいました。死と向き合い、魂を燃やされている篠田先生、並びに創出版の皆様に心の底から脱帽致しました。
 この度は篠田先生に折り入って御願いを申し上げたいのですが『創』10月号をセブンイレブン様、及び各コンビニのレジ横に置いて頂くことはできませんでしょうか。
 大変恐縮ではございますが、読書ばなれが進む日本で本を販売されることはとても困難と思われます。加えましては中国やアメリカ合衆国、世界に向けて翻訳された7項目の提案に賛否を集計できましたら、形だけの選挙よりも実りある答えがだせるのではないかと考えております。
 例の無い提案に多大なお手数をおかけしているのですが、一度ご検討いただけますことを切に願っております。せん越ではありますが、改めまして龍のイラストを描かせていただいております。また篠田先生に鑑査して貰えましたらとても嬉しく想います。
 なにとぞ宜しく御願い申し上げます。

 この手紙で驚いたのは「私の考えは…」というくだりだ。自分の考えが世に受け入れられ難いことを認識していることを示していたからだ。自分についてやや客観的に見る目も彼は持っているようだ。それをどの程度持っているかは、彼が精神的障害なのかそうでないのか考えるうえでひとつの判断材料になるように思う。
できれば時間を無駄にしたくない

【8月15日付、植松被告からの手紙】
 お手紙を書いていただきまして誠にありがとうございます。度重ねて手紙を出してしまい申し訳ございませんでした。
 鯉は自分のイメージで描かせていただきました。今描いている龍は「闇金ウシジマくん」の滑皮さんを参考にしています。
 差し入れて貰いました報告書を読みましたが、ここが違うという箇所はありませんでした。6、7、8月は新聞を読ませていただいております。
 それにしても送検時の表情はゾッとする思いです。走る車に人波が突撃しても、笑顔をみせるべきではなかったと反省しております。

 鯉と龍は、彼が描いているイラストだ。差し入れた報告書というのは、昨年秋に出された厚労省の検討チームの発表した「中間とりまとめ」のことだ。この報告書では、植松被告が昨年、措置入院後に退院して事件を起こすまでの経過が詳細に追跡されている。その過程で事件を未然に防ぐことはできなかったのかというのが検討課題だったわけだ。犯行を予告してから実行に至る何カ月かの彼の行動を検証し、未然に防ぐためには何が可能だったか考えることは重要なのだが、その前提として報告書の記載が正しいかどうか本人に確かめたのだ。

 植松被告は自分の考えていることを自分なりに整理した獄中ノートをその後送ってきた。彼は「7項目の主張」なるものを様々なマスコミに送っていたのだが、それをさらにまとめて「新日本秩序」なる冊子にし、世に問おうと考えたのだった。冊子の末尾には、それぞれの項目についての賛否を問うアンケートがつけられていた。

 植松被告はそれを冊子として出版し、書店やコンビニで販売することを考えたのだが、現時点で相模原殺傷事件の被告である彼の主張をまとめたものをそのまま出版流通に乗せるのは簡単なことではない。それよりも事件後の出頭した時点からでよいから、今日まで彼がどう行動し、何を体験したか手記を書いてほしいと頼んだ。接見でも改めてそう依頼すると、彼はいささか意外な言葉を口にした。

 「できれば時間を無駄にしたくないんです」

 「安楽死」を含む7項目の主張を世に問うことが急務で、それ以外のことは時間を無駄にすることになるというのだった。いったい彼は何を急いでいるのか。あるいは自分の裁判がいずれ始まり、このままだと死刑判決が出される可能性が高いことをどの程度認識し、それについてどう考えているのか。

 植松被告の手紙を最初に見た時、まず驚いたのは、事件当時と変わらぬ主張を繰り返していたことだ。あれだけの事件を起こして報道され、世の中に自分に対する指弾の空気が横溢していることに全くひるむ様子が窺えなかった。例えば2001年、小学校に押し入って児童を次々と殺傷した付属池田小事件の宅間守死刑囚(既に執行)も、裁判中に被害者を冒涜するような言辞を吐いていたが、それは植松被告の場合と事情が違う。宅間死刑囚の場合は、最初から自分は死ぬつもりで、どうせなら世の中に一矢報いて死にたい。そのために「エリートの卵」が通う学校の子どもたちを標的にした。社会を憎悪し、それに復讐して死ぬことを決意して事件を起こした。それゆえ謝罪や反省は彼にとってありえないことだった。
秋葉原無差別殺傷との違い

 同じような無差別殺傷事件でも、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚の場合は、そこまで目的意識が明確でなかったためか、事件の被害者や遺族に対して法廷で一貫して謝罪を続けた。多数の被害者や家族が特別傍聴人として法廷に来ていたのだが、加藤死刑囚は入廷と出廷の時に必ず、その席へ向かって頭を下げた。1審の法廷では、それら被害者や遺族が次々と証言台に立って、犠牲になった家族の思い出を語り、法廷にいる被告人に怒りの声を直接ぶつけた。7人が死亡したこの事件で、それぞれの被害者ごとに公判が組まれ、それが繰り返されるという、ある意味で壮絶な法廷だった。そして2審になると、加藤死刑囚は法廷に姿を見せなくなった。既に死刑を覚悟していたから、それ以上出廷する意義はないと思ったのだろう。

加藤智大死刑囚
 植松被告の裁判では、今のところどうやら犠牲者の家族は法廷でも実名が出ることを拒否しているようだ。恐らく出廷もしない可能性がある。植松被告はその法廷で、いったい事件に対して、被害者やその家族に対してどういう姿勢を見せるのだろうか。

 彼が接見禁止解除後報道陣と接見した時に、障害者の家族などを辛い目にあわせ事件に巻き込んだことを謝罪したのは知られている。実は8月22日の接見の時、『創』9月号にインタビューを掲載した津久井やまゆり園の家族会前会長、尾野剛志さんの話も出た。彼は職員だった当時、尾野さんの息子とは担当していたホームが別だったため、あまり接点はないようだった。その話をしていた時、植松被告は突然、「尾野さんに手紙を書こうかと思っているのですが、篠田さんから渡してもらえませんか」と言い出した。

 尾野さんの息子も重傷を負った被害者だから、家族への謝罪をしたいという趣旨かと思い、「どういうことを書くの?」と尋ねたところ、彼は「尾野さんは障害者を持ち上げすぎていると思うんです」と言うのだった。え、ちょっと待って…と思い、「家族なんだから当然でしょ」と言った。植松被告とは少し応酬になったのだが、彼が被害者やその家族へどう向き合おうとしているのか真意を測りかねる面がある。実際に彼がその手紙を書いてくるかどうかわからないのだが、どういう表現で自分の気持ちを示そうとするのか、もし届いたら尾野さんには声をかけてみたいと思う。そんな手紙は読みたくもないと尾野さんが言えばその場で破棄することになるかもしれない。

 ちなみに『創』に掲載した尾野さんの言葉、「黙ってしまうと植松に負けたことになる」には、障害者を育てる親としての強い意志が感じられて胸を打たれた。19人の犠牲者の匿名問題については、いろいろな変化が出てきている。尾野さんの言葉は、その匿名のあり方を被害者家族の立場から語ったたものだ。当事者がこういう主張を行う意義は大きいと思う。
彼の主張に同意する人は一定数いる

 事件直後に、植松被告の犯行は精神的障害によるものか、そうでないのかは関心の的となった。もし彼の犯行が精神的疾病によるもので、責任能力も問えないとなった場合は全てがそこで終結してしまうのだが、この間の植松被告の発言を見てもわかるように、どうもそうではないことが明らかになりつつある。本誌前号にも精神科医の松本俊彦さんと香山リカさんの見解を紹介したが、今回、改めて斎藤環さんにも聞いてみた。

 篠田 植松被告の書いたものなどをご覧になって、まずどんな印象でしょうか。
 斎藤 彼の主張を見ると、それが精神医学的な妄想、心性妄想の類いでないことははっきりしたと思います。彼の主張は極端であり社会的にも容認され難い内容ですが、それでも彼の主張に同意する人は一定数いるでしょう。

 篠田 平たく言うと精神的な病気によるものではない、ということですか。
 斎藤 人格障害とか発達障害とかの概念を含めて考えた場合に、あれは妄想ではないとは言えるのですが、それが病気ではないと断定するのはいささか材料不足だと思います。

 篠田 彼の場合はただ思い込んだだけでなく、実際の犯行に踏み出してしまったわけですが、それについてはどう考えればよいのでしょうか。
 斎藤 『創』の以前のインタビューでも話しましたが(昨年10月号)、やはり私は、措置入院の問題が大きかったと思っています。彼が障害者を軽蔑していたとすると、それと同じ存在として自分が遇されたわけで、それは彼にとって屈辱だったと思われるのです。私はそれが事件の引き金になってしまったような気がしてならないのです。

 斎藤さんは、相模原事件に対する対処として出てきた精神保健福祉法改正などについても見解を語ってくれたのだが、そうした問題については改めて論じることにしよう。

 こうして植松被告の事件を追っていて気になるのは、彼の発想や考え方が、いま世界的に拡大している排外主義とどう関わっているのかということだ。アメリカでは誰もがまさかと思っていたトランプ大統領が誕生したし、欧州ではネオナチの流れを汲んだと言われる極右政党が勢力を広げている。社会が閉塞すると排外主義が拡大すると言われるが、日本におけるヘイトスピーチの台頭もそのひとつだろう。さらに言えば、安倍政権の根強い支持層のひとつがネトウヨと言われる勢力であることも挙げられる。

 そうした流れと植松被告の思想は通底しているのだろうか。彼の獄中ノートを見ると、いろいろな言葉を断片的に書き留めた中に、こういう一節があった。

 「やまゆり園で勤務している時に、テレビでISISの活動とトランプ大統領の演説が放送されていました。世界は戦争により悲サンな人達が山程いる、トランプ大統領は真実を話している、と感じました」

 障害者19人を殺害するという植松被告の犯した事件を我々はどう考えればよいのか。今後も解明を続けようと思う。

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