その後、植松被告は接見は拒否したが、マスコミの手紙による依頼には応じて、多くの新聞・テレビに自分の考えを書き送ってきた。ただそこに書かれていた内容は、彼が事件を反省するどころか、改めて障害者を安楽死させよといった主張だったため、大手マスコミは内容を公開せず「身勝手な主張」などと紹介したのみだった。植松被告の主張は昨年2月に、衆院議長のもとへ彼が届けた手紙とも基本的には同じだった。それゆえ差別思想を増幅させてはならないとマスコミが内容を伏せたのは当然と言えた。

 そうした中で、『創』は敢えて2017年9月号で手紙の全文を公開した。その後、手紙のやり取りは頻度を増し、接見も行った。植松被告からは獄中で書いたノートも送られてきた。それらを今回、掲載することにした。この事件では植松被告が精神疾患によってあの事件を起こしたのか、それともそれは排外主義的な「思想」と考えるべきなのか、つまり彼は病気なのかそうでないのかが最大の争点だ。それを判断するためには、彼の主張や行動を検証する必要がある。しかも、この事件は、障害者差別や、犯罪と精神医療の問題など、ある意味でタブーになってきた問題を引きずり出した。植松被告がどこまで自覚していたかは別として、まさに「パンドラの箱」を開けてしまったのだ。
事件発生から1年を前に報道陣に公開された「津久井やまゆり園」=2017年7月、相模原市緑区(共同)
事件発生から1年を前に報道陣に公開された「津久井やまゆり園」=2017年7月、相模原市緑区(共同)
 そうだとしたら、それらの問題に、社会は相当な覚悟を持って立ち向かわねばならない。司法だけに任せるのでなく、精神科医を始めとするいろいろな人の叡智を結集すべきことだと思う。そのためには情報をできるだけ公開することが必要だ。新聞やテレビのように否応なく情報が家庭に飛び込んでくるメディアと違って、雑誌は目的意識的に購入するもので、その点ではこういう作業に向いているとも言える。これまでも本誌は、幼女連続殺害事件の宮﨑勤死刑囚(既に執行)など多くの凶悪事件の手記を掲載してきた。それをまとめた宮﨑死刑囚の著書『夢のなか』『夢のなか、いまも』は、この事件の記録としては最も重要なものと言える。

 相模原事件は単に死傷者が多かったという単純な理由でなく、日本社会が曖昧にしてきた問題をさらけ出したという意味で非常に深刻だ。それゆえ本誌も積極的にこの事件の解明に取り組むことにした。一番恐ろしいのはあれだけ衝撃的な事件だったにもかかわらず、1年たって風化の兆しが見えることだ。事件やニュースがものすごい速さで消費されていく今日においては、深刻な事件であっても、多くの人がすぐに、もう昔の事件であるかのような感覚になっていく。いったい何が植松被告をあの凶行に駆り立てたのか。それは理解可能なものなのか。まずは植松聖という人物に接触することから解明の糸口を見つけたい。前号で彼の手紙を掲載し、今回、彼との接見記録を公開するのはそういう理由からだ。