同じような無差別殺傷事件でも、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚の場合は、そこまで目的意識が明確でなかったためか、事件の被害者や遺族に対して法廷で一貫して謝罪を続けた。多数の被害者や家族が特別傍聴人として法廷に来ていたのだが、加藤死刑囚は入廷と出廷の時に必ず、その席へ向かって頭を下げた。1審の法廷では、それら被害者や遺族が次々と証言台に立って、犠牲になった家族の思い出を語り、法廷にいる被告人に怒りの声を直接ぶつけた。7人が死亡したこの事件で、それぞれの被害者ごとに公判が組まれ、それが繰り返されるという、ある意味で壮絶な法廷だった。そして2審になると、加藤死刑囚は法廷に姿を見せなくなった。既に死刑を覚悟していたから、それ以上出廷する意義はないと思ったのだろう。

加藤智大死刑囚
加藤智大死刑囚
 植松被告の裁判では、今のところどうやら犠牲者の家族は法廷でも実名が出ることを拒否しているようだ。恐らく出廷もしない可能性がある。植松被告はその法廷で、いったい事件に対して、被害者やその家族に対してどういう姿勢を見せるのだろうか。

 彼が接見禁止解除後報道陣と接見した時に、障害者の家族などを辛い目にあわせ事件に巻き込んだことを謝罪したのは知られている。実は8月22日の接見の時、『創』9月号にインタビューを掲載した津久井やまゆり園の家族会前会長、尾野剛志さんの話も出た。彼は職員だった当時、尾野さんの息子とは担当していたホームが別だったため、あまり接点はないようだった。その話をしていた時、植松被告は突然、「尾野さんに手紙を書こうかと思っているのですが、篠田さんから渡してもらえませんか」と言い出した。

 尾野さんの息子も重傷を負った被害者だから、家族への謝罪をしたいという趣旨かと思い、「どういうことを書くの?」と尋ねたところ、彼は「尾野さんは障害者を持ち上げすぎていると思うんです」と言うのだった。え、ちょっと待って…と思い、「家族なんだから当然でしょ」と言った。植松被告とは少し応酬になったのだが、彼が被害者やその家族へどう向き合おうとしているのか真意を測りかねる面がある。実際に彼がその手紙を書いてくるかどうかわからないのだが、どういう表現で自分の気持ちを示そうとするのか、もし届いたら尾野さんには声をかけてみたいと思う。そんな手紙は読みたくもないと尾野さんが言えばその場で破棄することになるかもしれない。

 ちなみに『創』に掲載した尾野さんの言葉、「黙ってしまうと植松に負けたことになる」には、障害者を育てる親としての強い意志が感じられて胸を打たれた。19人の犠牲者の匿名問題については、いろいろな変化が出てきている。尾野さんの言葉は、その匿名のあり方を被害者家族の立場から語ったたものだ。当事者がこういう主張を行う意義は大きいと思う。