事件直後に、植松被告の犯行は精神的障害によるものか、そうでないのかは関心の的となった。もし彼の犯行が精神的疾病によるもので、責任能力も問えないとなった場合は全てがそこで終結してしまうのだが、この間の植松被告の発言を見てもわかるように、どうもそうではないことが明らかになりつつある。本誌前号にも精神科医の松本俊彦さんと香山リカさんの見解を紹介したが、今回、改めて斎藤環さんにも聞いてみた。

 篠田 植松被告の書いたものなどをご覧になって、まずどんな印象でしょうか。
 斎藤 彼の主張を見ると、それが精神医学的な妄想、心性妄想の類いでないことははっきりしたと思います。彼の主張は極端であり社会的にも容認され難い内容ですが、それでも彼の主張に同意する人は一定数いるでしょう。

 篠田 平たく言うと精神的な病気によるものではない、ということですか。
 斎藤 人格障害とか発達障害とかの概念を含めて考えた場合に、あれは妄想ではないとは言えるのですが、それが病気ではないと断定するのはいささか材料不足だと思います。

 篠田 彼の場合はただ思い込んだだけでなく、実際の犯行に踏み出してしまったわけですが、それについてはどう考えればよいのでしょうか。
 斎藤 『創』の以前のインタビューでも話しましたが(昨年10月号)、やはり私は、措置入院の問題が大きかったと思っています。彼が障害者を軽蔑していたとすると、それと同じ存在として自分が遇されたわけで、それは彼にとって屈辱だったと思われるのです。私はそれが事件の引き金になってしまったような気がしてならないのです。

 斎藤さんは、相模原事件に対する対処として出てきた精神保健福祉法改正などについても見解を語ってくれたのだが、そうした問題については改めて論じることにしよう。

 こうして植松被告の事件を追っていて気になるのは、彼の発想や考え方が、いま世界的に拡大している排外主義とどう関わっているのかということだ。アメリカでは誰もがまさかと思っていたトランプ大統領が誕生したし、欧州ではネオナチの流れを汲んだと言われる極右政党が勢力を広げている。社会が閉塞すると排外主義が拡大すると言われるが、日本におけるヘイトスピーチの台頭もそのひとつだろう。さらに言えば、安倍政権の根強い支持層のひとつがネトウヨと言われる勢力であることも挙げられる。

 そうした流れと植松被告の思想は通底しているのだろうか。彼の獄中ノートを見ると、いろいろな言葉を断片的に書き留めた中に、こういう一節があった。

 「やまゆり園で勤務している時に、テレビでISISの活動とトランプ大統領の演説が放送されていました。世界は戦争により悲サンな人達が山程いる、トランプ大統領は真実を話している、と感じました」

 障害者19人を殺害するという植松被告の犯した事件を我々はどう考えればよいのか。今後も解明を続けようと思う。