2017年11月09日 15:31 公開

キャリー・グレイシーBBC中国編集長

ドナルド・トランプ米大統領が習近平国家主席率いる中国に住んでいたなら、何度も収監されるタイプの金持ちだ。自分は党よりも、そして国家プロジェクトよりも大きい存在だと自負しているような、やたら自慢ばかりする億万長者なので。

中国ではそのような大物は、静かな内省のひと時を過ごすために、共産党有力者の助けを借りて、誰も知らない場所へと姿を消すことができる。そしてしばらくした後に再び姿を現し、いかに共産党が自分の事業を助けてくれたかなど、感謝の言葉をぶつぶつと口にするのだ。

トランプ氏と習氏。経済超大国の2人の指導者は、あっけにとられるほど対照的だ。

トランプ氏率いる与党・共和党の重鎮が、ホワイトハウスを「大人のデイケアセンター」と一蹴する一方で、中国共産党の幹部は、習氏を思慮深く素晴らしい指導者で、「社会主義の救世主」だと表現する。

トランプ氏は、他の米資産家たちも頼りにできない。米巨大IT企業の代表者たちは、トランプ・チームのアジア歴訪に同行しなかった。その代わり、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)やアップルのティム・クックCEO、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは先週、中国の大学での諮問委員会で、習国家主席と肩を並べて写真撮影をしていた。

公の場で両指導者に向けられる敬意はこうして偏っている。そして同様に、2人が相手に向ける尊敬の言葉も、偏っている。トランプ氏は自分がいかに習氏とその「ものすごい栄達」を尊敬しているか繰り返し、習氏を実力者で親しい友人だと呼んでいる。スティーブン・バノン元首席戦略官は、「トランプ氏は(習氏を)どの指導者より高く評価している」と話したことがある。しかし一方の習氏は、公の場でトランプ氏の何かが素晴らしいなど一度も発言したことがないし、ましてや素晴らしい友人などとも呼んでいない。

習氏は、本人いわく様々な米国作家の著書を読んできたそうだ。ウォルト・ホイットマンやマーク・トウェイン、アーネスト・ヘミングウェイなど。しかしトランプ氏の本は、その中に含まれていない。不動産王トランプ氏の著書「トランプ自伝 アメリカを変える男」は、米国ではビジネス書部門のベストセラーだったかもしれないが、習氏にはもっと頼りになる国政の指南書がある。孫子の兵法だ。

トランプ氏の提言はこうだ。「仕組みをきっちり作り過ぎてしまうと、想像力も起業家精神も発揮できない。僕は朝出勤してから、その日の動きの様子を見る方が好きだ」。

しかし、中国全ての戦略家にとって必読の古代の兵法書を書いた孫子は、「彼を知り己を知れば勝ちすなわち殆(あや)うからず(敵を知り味方を知れば、負ける心配はない)、天を知り地を知れば勝ちすなわち全うすべし(気象と地形を知れば勝利は万全のものとなる)」と力説する。

習氏とトランプ氏の違いは、2人が過ごしてきた人生にも表れている。崇拝された革命家の父親を持つ習氏は、幼いころは「紅二代」として大事にされたが、その後7年間、農民として洞窟で暮らしていた。そして40年かけて、中国政治のヒエラルキーを上り詰めたのだ。

党員8900万人を抱える強大な中国共産党の頂点にたどり着くには、鉄の自制心と戦略的な忍耐力が必要だ。どちらも、トランプ氏の人柄を語る際にはあまり出てこない特徴だ。

当然ながら、2人の表現方法にも違いがある。習氏が「私」で文章を始めることはほとんどない。その代わり、自分の指導力を国旗の威信で包み込む。目標は、「中華民族の偉大なる復興」という神聖な夢を体現すること。そのためには常に沈着冷静で揺るぎなく、不撓不屈(ふとうふくつ)でなくてはならない。

個人崇拝の有無という意味では、習氏の場合、周囲にそうした対応を仕向けている。中国全土の学校や大学、企業の取締役会や官庁が、今や「習近平思想」の研究に乗り出している。

一方、トランプ氏の個人崇拝はトランプ氏に始まる。「僕」という一人称が、ほぼ常に口をついて出てくる。トランプ氏がアジア各国を歴訪している今、残された米国は、中国国営メディアがそれ見たことかという調子で「危機と混乱」と呼ぶ状態にある。

おかしなカップル

あまりに対照的な2人ではあるものの、筋金入りの共産主義者と不動産王には、2つの共通点がある。2人とも巨大な権力を行使するし、強烈な自負心の持ち主だ。習氏とトランプ氏は自分を国の救世主だと認識しているし、2人とも自分の国が世界で並外れた存在だと思っている。習氏の「中華民族の偉大なる復興」は、トランプ氏の「アメリカを再び偉大にしよう」に先行するスローガンだった。

しかし、約束する内容は同じだ。圧倒的な大国としての輝かしい時代を再発見し、そのためにはどのような国外勢力にもいっさい邪魔はさせないというものだ。

中国はトランプ氏を、「国賓以上」と呼ぶ壮大な歓迎ぶりで迎える。習氏とトランプ氏が北京で並び立つなか、両国が同時に偉大な国になる方法を2人が見いだせるかどうかが、大きな注目点だ。両雄並び立つことができるのか。それとも片方が強大になればもう片方は縮小させられる、ゼロサムゲームにならざるを得ないのか。

これは当然、今週「おかしなカップル」状態になる2人に対する今週限りの疑問ではない。私たちが生きる世界で今後何十年も続く、大問題だ。私たちは後になってトランプ氏のアジア歴訪を振り返り、米国の深く揺るぎない力の再調整の機会だったとみなすかもしれない。もしくは、中国が米国にとって代わるプロセスの一里塚だったと、いずれとらえるようになるのかもしれない。

どちらも歴史的にきわめて重大な文脈だが、もしかすると今週の訪問はそのどちらにも当てはまらずに終わるかもしれない。代わりに、消えゆく世界の最後の珍妙な儀式に過ぎなかったと、位置づけるかもしれない。沈没する豪華客船タイタニック号でデッキチェアを並べるような無益な行為だったと。嵐の前の静けさだと。

抑え込まれて

いくつかのシナリオを順番に見ていこう。トランプ政権はアジア歴訪の前日に突然、「自由で開かれたインド太平洋」という新しい戦略的スローガンを使い始めた。帽子から出てくるウサギのように、いきなり出てきた。内容がつまびらかになるまでは、これが歴代の米政権の方針とどう違うのか正確に理解するのは難しい。

けれども、トランプ氏がアジア太平洋地域の国々に対する貿易赤字や防衛費支出について批判を重ね、オバマ政権が進めた環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱した後のことだけに、同盟国を安心させ、米国への信頼を確保するのが目的なはずだ。

要するに、トランプ政権の幹部たち、いわゆるホワイトハウスの大人たちが、事態を混乱させがちな大統領の直観的行動を抑え込み、米国のアジア政策を元に戻したわけだ。「自由で開かれたインド太平洋」が単なるスローガン以上のものになるとするなら、歴史は今回の歴訪を、依然として強力な超大国・米国がアジアとの経済・安全保障上のつながりを補強した瞬間だと評価するかもしれない。アジアにおける米国の同盟国・友好国が、怒りやすく強引な中国から身を守るため、ありがたく米国の庇護の下で団結した瞬間だと。

2つ目の歴史のシナリオは、トランプ氏のアジア歴訪が中国台頭と米国衰退の分岐点になるというものだ。それぞれの上下する「弧」が交錯する瞬間が、今回の訪問なのだと。習主席は来客を徹底的に丁寧にもてなしつつ、意図しているのは紛れもなくこちらの歴史の流れだ。習氏は今から今世紀半ばまで、高まる経済力や軍事力、ソフトパワーを背景に、一貫した戦略的台頭を推進しようとしている。

トランプ氏は今週、アジアに注力しているかもしれないが、隔週ごとに国内問題で手いっぱいになっている。一方の中国は、アジア地域に毎日のように登場する。莫大なエネルギーと目的意識を持って、地域の開発や外交、軍事連携、メディアに大金をつぎ込み、70年前から米国の同盟国だった国々をも喜ばせようと、計算された攻勢を仕掛けている。

共産党大会を終えたばかりの習主席の権力が劇的に拡大している様子は、アジア全土で理解されている。少なくとも表面的には、米国で見られるような分断や一貫性のなさは中国にはない。

勝つための武器

しかし、習氏のシナリオで割り振られた役割を、進んで受け入れる米国大統領はいない。そこで、3番目のシナリオの登場だ。トランプ氏は昨年の大統領選で、中国が米経済を「レイプ」し、「米国の雇用を盗んでいる」と怒りをあらわにした。当選すれば、歴代大統領が失敗したことを、自分なら成功させると約束した。つまり、「ずる賢い」中国の指導者は、もはや米国指導者を「出し抜き、裏をかき、交渉で負かす」ことができなくなるのだと。

米政界や経済界の多くのエリートも、同じように苛立ちをあらわにした。中国が勝っているのは、仕組まれた不当なレースだと、大勢が感じていたからだ。

しかし21世紀の米大統領は全員、中国の戦略的な挑戦に対抗すると宣言しながら、現実の出来事ゆえに頓挫してきた。ジョージ・W・ブッシュ元大統領の場合、それは9/11の米同時多発テロ、そしてアフガニスタンとイラクにおける戦争だった。バラク・オバマ前大統領の場合は、国内の金融危機と中東での危機の陰で、アジア回帰の政策は後回しにされた。

2017年の中国は2001年や2009年と比べて、はるかに強力で、自信に満ちている。習主席の下、自由や民主主義といった米国の理想に対抗する価値観を示して、ここでも争っていく覚悟だ。

習主席は先週、政府幹部を率いて、共産党の旗を前にこぶしを掲げ、党に忠誠を誓う儀式を行った。一方のトランプ氏は、長期間のアジア歴訪に象徴的な意味を持たせたり、「自由で開かれたインド太平洋」について美辞麗句を繰り出したりするものの、中国戦略を策定するどころか、中国担当チームをつい最近ようやく編成したところだ。

<習主席を筆頭に、中国共産党中央政治局常務委員会の委員たちは、中国共産党に忠誠を誓った>

実のところ、中国政府幹部はトランプ大統領の就任以来、その中国批判がツイッターにとどまっていることに安堵している。トランプ氏は、中国の北朝鮮貿易を警告し、中国の米国に対する貿易慣行について調査を開始した。だが、中国への米国の経済的野心をくじく圧倒的な貿易不均衡に対して、制裁は科していない。

この状況は、今後数カ月の間に変わるかもしれない。米国が不満をあらわにしながら中国と協力し続ける状態から、より激しい競争関係に移るなら、アジアや世界への影響は、重大かつ予測不可能なものになる。

習主席はその展開を何としても避ける覚悟だ。自ら掲げる中国の復興を成し遂げるためには、安定した世界と安定した米国の輸出市場が必要なのだ。習氏は今週、北京でトランプ氏の敵意を取り除こうとするだろう。

相手を褒めちぎって写真撮影をするのは、中国が最も得意とするところだ。重要な市場を開放したり、北朝鮮経済を崩壊させたりするよりも、はるかに安くつく。そのため、招待主として習氏は盛大にもてなし、派手好きなトランプ氏を喜ばせようとするだろう。

習主席は、これは孫子の兵法ではなく、「トランプ自伝」に書かれていることだとトランプ氏を説得するはずだ。

結局のところ、孫子が古い兵法書で指摘したように、戦争術や謀略、外交、分割統治は全て、偉大な指揮官にとって勝つための武器なのだ。

「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」

(英語記事 Trump Xi: Property man meets career communist