ナチスT4作戦、NHK番組が伝えた「価値なき者を殺す」衝撃事実

『月刊「創」』 2016年10月号

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藤井克徳(日本障害者協議会代表)

 2016年7月26日未明に津久井やまゆり園で起きた事件は、障害のある人たちに深刻な影響を及ぼしており、いまだに怖いと言う人が多いですね。特に施設の元職員だった人物が容疑者だったことに衝撃を受けている人が多いようです。

 もうひとつの衝撃は、やはりあの容疑者の衆院議長公邸に届けられた手紙の内容です。ナイフはいまだに自分たちに向けられている感じがするという声も少なくないようです。

 3つ目は、今回の事件を通じて精神障害者への偏見が増すのではないかという恐れですね。障害当事者から多く出ている声です。

送検のため神奈川県警津久井署を出る植松聖容疑者 =2016年7月、神奈川県相模原市
 8月10日に第1回の会合が開かれた相模原事件再発防止検討会で塩崎恭久厚労大臣は「現行制度のもとでどこが悪かったのか検討したい」と言ったようです。「措置入院制度を見直す」とも言っているようです。検証の視点としては、現行制度そのものについてもメスを入れるべきであり、そもそも容疑者が精神疾患という見立て自体に疑問を持つ専門家が少なくない。誤った見立てを前提とした政策判断から見えてくるのは社会防衛策の強化であり、障害者政策に新たな混乱を持ち込みかねない。国は冷静に対処してほしいと思います。

 今回、障害者問題がある意味で社会化したわけですが、普通の目線、感覚で見ることが肝心だと思うんです。そうすれば入所施設の異常性が、そして地域移行を加速できないでいる障害者政策、障害者行政の問題点や弱点がみえてきます。

 もうひとつ、犠牲になった19人の氏名がいっさい伏せられている問題ですね。これも普通の感覚から言えば不自然な感じがします。さらに今なお90人近くがあの事件の後も同じ敷地内の体育館に住んでいるというのも普通ではあり得ない。

 障害者を対象とした入所施設の数は、全国で3095カ所(2015年11月現在)存在しています。知的障害者は公表されている最新データでは74万1000人で、そのうち11万9000人、16パーセントが入所施設に入っている。6人に1人ですね。施設での虐待は後を絶たず、地域社会から遠隔地にあるものも少なくありません。こうした施設が抱えている体質と今回の事件とが無縁とは思えません。

 そう考えると、今回の事件は、日本の障害者問題の縮図の側面があり、特にものを主張できない人に対する構造的な問題としてとらえるべきではないでしょうか。

 今回の事件の容疑者の発想が優生(ゆうせい)思想だとして問題になっていますが、私はこの何年か、NHKと共同してナチスの「T4作戦」について調査を進めています。

 T4作戦というのは、その作戦本部があったベルリン市内のティーアガルテン通り4番地という地名に由来する呼び方ですが、簡単に言うと、価値なき生命の抹殺を容認する作戦です。ここでいう価値とは、働けないもの、戦闘能力がないもの。要するに国家の役に立たないもので、そういうものは抹殺しても構わないというヒトラーの命令によって展開されました。ドイツ国内に限っただけでも20万人以上が虐殺されたと言われます。

 しかもそれに精神科医を始め、医療関係者が手を貸した。これには、優生思想に基づくヒトラーの命令があるのですが、同時に、精神疾患に対する薬物療法ができてきて、治らないものが邪魔になる、さらには人体実験をやりたかったとの証言もあります。つまり医師がヒトラーの優生思想を隠れ蓑にして虐殺に積極的に関わったわけですね。

 そして、ここで培われたガスを使っての大量殺人の方法が、翌年の1942年から始まったユダヤ人虐殺に使われました。だからこれはホロコーストのいわばリハーサルだったのではないかというわけです。
T4作戦とホロコーストの関係

 私がその問題に関わった最初のきっかけは、2004年にドイツに行った時に、3時間ほど空いたのでパンフレットに紹介されていた盲人の障害者が作った共同作業所を訪ねたことでした。私自身、作業所問題に関わっていたものですから関心があったのです。

 そしたら、そこは廃屋同然で、人もいなかったのですが、たまたま玄関のパネルにオットー・ヴァイトという人のことが書いてあった。オットー・ヴァイトは全盲だけれど、戦前、また戦時中に全盲と全聾のユダヤ人を多数支援したり救出したと書いてあったのです。

 それがずっと気になっていたので、2014年にフランクフルトでの視覚障害者の福祉機器展を観に行った時に、再度ベルリンを訪れました。そしたらEUの補助を受けたオットー・ヴァイト盲人作業所博物館という立派な施設に替わっていた。外観は変わらないんですが、内側はミニ博物館になっていました。そこでオットー・ヴァイトも大事な人物なのだけれど、T4作戦というのがあって、たくさんの障害者が虐殺されているという資料を手にしたのです。

 そこで帰国後、一緒に取材をしませんかと何人かのマスコミ関係者に声をかけたところ、興味を示してくれたのがNHKのハートネットTV班でした。NHKは大変慎重で、リサーチャーを通して調査をして、2015年の1月にようやく、やりましょうと返事が来ました。

NHK放送センター外観全景=東京都渋谷区
 そこから共同体制を作って、同年の5月17日から26日まで第1次取材、7月26日から8月3日まで第2次取材を行い、番組を作ったんです。

 ちょうど2015年が戦後70周年ということもあり、NHKのハートネットTV班によって、オットー・ヴァイトやT4作戦を主題にEテレや総合テレビ、ラジオを合わせて全部で6種類の番組が作られました。再放送を入れると15回以上放送されました。最後は今年の1月でしたが、女優の大竹しのぶさんのナレーションで、総合テレビで1時間放送しました。今年も私は個人で6月に調査に行っています。

 実は、T4作戦とホロコーストとは本当に関係あるのかどうか、日本国内の研究者でも意見がいくつかありました。ドイツで、何人かの社会学者や歴史学者に意見を伺いました。これらの証言によると、T4作戦に携わった職員のアウシュビッツなどの収容所への異動、ガス室で使われた装置や道具が移されたなど、間違いなく関係性が深いのです。NHKの番組では、明確に関係性があるという立場をとりましたが、これに対する異議は出ていないと聞いています。

 わかってきたことは、ヒトラーが政権をとった同じ年の1933年の7月14日に断種法と言われている遺伝病子孫予防法が成立するんです。国民投票法、いわゆる一党独裁法と言われる政党新設禁止法、それに断種法の3つの法律が同じ日に生まれたんです。断種法の制定以降の流れをみると、断種法で約40万人障害者や病人が断種手術を強要され、T4作戦で20万人以上の障害者が殺された。その後、ユダヤ人虐殺へと続くわけですが、「価値なき者」を殺すという考え方や精神科医を中心とする医師が手を下したという事実は段階的であり、連続していたわけです。
優生思想と民族浄化思想

 その根底にあったのが、徹底した優生思想と民族浄化思想です。1920年に精神科医のエイリッヒ・ホッへと法学者のカール・ビン・ディンクの二人が合作した『価値なき生命の抹殺を容認する書』というのがあるんですが、そこに優生思想が語られている。ナチ党が政権を獲得する前からドイツにはそうした考え方があったんですね。ドイツに脈々と流れていた優生思想や民族浄化の考え方をヒトラーはうまく利用したわけです。

ナチス・ドイツの総統だったアドルフ・ヒトラー
 ちなみに、優生思想そのものはドイツが最初ではなく、1800年代の半ば以降に英国に端を発し、米国や他の欧州各国でも研究だけではなく政策として実行されていたのです。ただし、規模といい、方法といい、ナチスのやり方は次元を異にしていました。

 そうした歴史的事実のふりかえりの節目となったのが、2010年11月26日のドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)の総会でした。総会会期中の追悼式典で、当時のフランク・シュナイダー会長は謝罪を骨格とする総括談話を行いました。70年余の沈黙を破る出来事でした。これをきっかけにドイツ社会でじわじわと表に出てきたんですが、それまではドイツでもこの問題は潜在していたと言っていいと思います。

 ヴァイツゼッカーの名言で「過去に目をつむる者は現代においても盲目だ」というのがありますが、目をつむっていたもののひとつにT4作戦の問題があると思います。ユダヤ人の大虐殺については国をあげての総括と補償が行われましたが、T4作戦の問題はこれとは異なる道をたどることになりました。

 2015年、フランク・シュナイダーが、日本の精神医療の学会に招かれた折に、NHKとしての取材ということで2時間のインタビューの機会を得ました。一つ印象深かったのが、「なぜ70年間黙っていたのですか」と質問した時に、「はっきりとはいえないが、関わったのは恩師の世代で、尊敬する恩師が生きているうちは……」といった趣旨のことを話していたことです。医者の世界独特の師弟関係も手伝って総括がしにくかった、私にはそう聞こえました。

 DGPPNは総括講演の中で、国際検証委員会を設けて、ドイツ人以外の歴史学者や社会学者で検証し、2年後には発表しますと言ったのですが、遅れに遅れて、2015年11月にやっと検証報告書が出ました。500ページ余のドイツ語版です。何とか翻訳したいのですが、経費のことを含めて現在思案中です。

 T4作戦には、6つの障害者専用殺戮施設が設けられました。現存しているのが、ハダマーというドイツ中西部の町に残っており、市民も見られるようになっています。NHKの番組制作ということで、学芸員からは特別に丁寧に解説してもらいました。

 ガス室は地下室なんですが、12平米、7畳半くらいの部屋に一回に50人ずつ閉じ込めて、医者が一酸化炭素ガスを注入する。その後ナチスはさらに殺傷力の強いチクロンBを開発し、アウシュビッツなどで大量殺害を行うのですが、もともとガスを使った殺人は、T4作戦で培った方法なんです。

 いまは、ベルリン・フィル・ハーモニーの本拠地になっている場所が、かつてT4作戦の本部だったんですが、そこに記念碑が出来上がったのは2014年9月。このこと自体が、長い間目をつぶっていた証拠だと思うんですね。遺族の高齢化が進み、証言者もどんどん亡くなっています。

 NHKの番組の反響はすごかったですよ。特に障害を持った方の反応が大きかった。大学の授業でも視聴されたようで、学生からの感想もたくさん寄せられました。
難があっても雇わざるを得ない

 T4作戦に精神科医が協力していたという歴史的事実は、日本の精神医学にとっても大きな衝撃だと思います。先ほど、昨年の6月にDGPPNの元会長のフランク・シュナイダーを日本の学会が招請したと言いましたが、その折に、学会の会場にT4作戦に関する「移動展示場」を持ってきてくれました。

ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の舞台となったアウシュビッツ強制収容所=ポーランド南部のオシフィエンチム(ロイター)
 厳密に言えば、写真はオリジナルで、文字は神奈川県立精神医療センター芹香病院の岩井一正先生等の尽力で日本語に翻訳されていました。私の印象では、案外見てくれる人が少なく、フランク・シュナイダーの特別講演も結構空席がありました。

 日本の精神医学界では、T4作戦そのものを正確に知る人はそう多くなく、関心が薄い。私が精神医学関係の雑誌に書いても、初めて知りましたという人が少なくありません。まとまった書籍としては、精神科医でもある小俣和一郎先生が何冊か出していますが、まだ関心が偏っている感じです。本当は精神医学からもっと光を当ててほしいと思います。私は人権や障害という観点から焦点を当てており、NHKの番組制作も人権と障害の観点に重心を置いています。今後、日本でも精神医学の観点からの検証を期待したいですね。

 私なりに追い続けてきたT4作戦の問題や優生思想が、こんな形で日本社会の今に現れたというのは何とも言えない驚きであり、戦慄です。ただ冷静に見れば、石原慎太郎氏が都知事時代に入所施設を見学した後「こういう人に人格ってあるのかね」と言ってみたり、去年の11月に茨城県の教育委員が「生まれる前に障害の有無がわからないのか」「茨城県は障害者を減らしたい」と発言した事例がありました。国会でも、尊厳死法案問題がくすぶっていますが、その中に障害者が入るのかどうか、グレーゾーンになっています。

 特に近年は、格差社会や不寛容社会、多様性排斥とか言われますが、強いものが幅をきかせるのと並行して人権意識が薄らいでいる。そういう日本社会を覆う流れのなかで起きたのが今回の事件です。極めて特異な容疑者の人間性に光を当てると同時に、それを許すような社会的背景についても議論をしていかなければならないと思います。

 この間の障害者政策をめぐっても、市場原理の影響を受けた規制緩和とか成果主義、自己責任論などが色濃く反映されています。たとえば、規制緩和策の一環と言ってもいいかと思いますが、非常勤職員で職員定数の頭数を合わせてもいいことになっています。営利企業の障害分野などへの参入も気になります。

 いま全産業労働者の平均賃金が、厚労省の調査で月額30万円ちょっとなんですが、保育や障害者福祉関係は21万円くらい。これでは職員を募集してもなかなか応募者がいない。今回の容疑者は1年以上非常勤でしたが、どういう人物かは大体わかったはずです。津久井やまゆり園に限らず、全国的にみて多少難があっても雇わざるを得ないというのが福祉施設の実情です。福祉労働と言われる分野は、公費が抑えられていますが、その背後には、社会投資論の観点から見返りが乏しいという考え方が根強くあるのではないでしょうか。

 津久井やまゆり園での事件については、こうした観点を含めて、さまざまな角度からとらえる必要があります。犠牲者や負傷者に報いるためにも、今回の大惨劇を、インクルーシブな社会を創っていくための新たなきっかけにしていかなければと思います。(談)

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