その根底にあったのが、徹底した優生思想と民族浄化思想です。1920年に精神科医のエイリッヒ・ホッへと法学者のカール・ビン・ディンクの二人が合作した『価値なき生命の抹殺を容認する書』というのがあるんですが、そこに優生思想が語られている。ナチ党が政権を獲得する前からドイツにはそうした考え方があったんですね。ドイツに脈々と流れていた優生思想や民族浄化の考え方をヒトラーはうまく利用したわけです。

ナチス・ドイツの総統だったアドルフ・ヒトラー
ナチス・ドイツの総統だったアドルフ・ヒトラー
 ちなみに、優生思想そのものはドイツが最初ではなく、1800年代の半ば以降に英国に端を発し、米国や他の欧州各国でも研究だけではなく政策として実行されていたのです。ただし、規模といい、方法といい、ナチスのやり方は次元を異にしていました。

 そうした歴史的事実のふりかえりの節目となったのが、2010年11月26日のドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)の総会でした。総会会期中の追悼式典で、当時のフランク・シュナイダー会長は謝罪を骨格とする総括談話を行いました。70年余の沈黙を破る出来事でした。これをきっかけにドイツ社会でじわじわと表に出てきたんですが、それまではドイツでもこの問題は潜在していたと言っていいと思います。

 ヴァイツゼッカーの名言で「過去に目をつむる者は現代においても盲目だ」というのがありますが、目をつむっていたもののひとつにT4作戦の問題があると思います。ユダヤ人の大虐殺については国をあげての総括と補償が行われましたが、T4作戦の問題はこれとは異なる道をたどることになりました。

 2015年、フランク・シュナイダーが、日本の精神医療の学会に招かれた折に、NHKとしての取材ということで2時間のインタビューの機会を得ました。一つ印象深かったのが、「なぜ70年間黙っていたのですか」と質問した時に、「はっきりとはいえないが、関わったのは恩師の世代で、尊敬する恩師が生きているうちは……」といった趣旨のことを話していたことです。医者の世界独特の師弟関係も手伝って総括がしにくかった、私にはそう聞こえました。

 DGPPNは総括講演の中で、国際検証委員会を設けて、ドイツ人以外の歴史学者や社会学者で検証し、2年後には発表しますと言ったのですが、遅れに遅れて、2015年11月にやっと検証報告書が出ました。500ページ余のドイツ語版です。何とか翻訳したいのですが、経費のことを含めて現在思案中です。

 T4作戦には、6つの障害者専用殺戮施設が設けられました。現存しているのが、ハダマーというドイツ中西部の町に残っており、市民も見られるようになっています。NHKの番組制作ということで、学芸員からは特別に丁寧に解説してもらいました。

 ガス室は地下室なんですが、12平米、7畳半くらいの部屋に一回に50人ずつ閉じ込めて、医者が一酸化炭素ガスを注入する。その後ナチスはさらに殺傷力の強いチクロンBを開発し、アウシュビッツなどで大量殺害を行うのですが、もともとガスを使った殺人は、T4作戦で培った方法なんです。

 いまは、ベルリン・フィル・ハーモニーの本拠地になっている場所が、かつてT4作戦の本部だったんですが、そこに記念碑が出来上がったのは2014年9月。このこと自体が、長い間目をつぶっていた証拠だと思うんですね。遺族の高齢化が進み、証言者もどんどん亡くなっています。

 NHKの番組の反響はすごかったですよ。特に障害を持った方の反応が大きかった。大学の授業でも視聴されたようで、学生からの感想もたくさん寄せられました。