T4作戦に精神科医が協力していたという歴史的事実は、日本の精神医学にとっても大きな衝撃だと思います。先ほど、昨年の6月にDGPPNの元会長のフランク・シュナイダーを日本の学会が招請したと言いましたが、その折に、学会の会場にT4作戦に関する「移動展示場」を持ってきてくれました。

ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の舞台となったアウシュビッツ強制収容所=ポーランド南部のオシフィエンチム(ロイター)
ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の舞台となったアウシュビッツ強制収容所=ポーランド南部のオシフィエンチム(ロイター)
 厳密に言えば、写真はオリジナルで、文字は神奈川県立精神医療センター芹香病院の岩井一正先生等の尽力で日本語に翻訳されていました。私の印象では、案外見てくれる人が少なく、フランク・シュナイダーの特別講演も結構空席がありました。

 日本の精神医学界では、T4作戦そのものを正確に知る人はそう多くなく、関心が薄い。私が精神医学関係の雑誌に書いても、初めて知りましたという人が少なくありません。まとまった書籍としては、精神科医でもある小俣和一郎先生が何冊か出していますが、まだ関心が偏っている感じです。本当は精神医学からもっと光を当ててほしいと思います。私は人権や障害という観点から焦点を当てており、NHKの番組制作も人権と障害の観点に重心を置いています。今後、日本でも精神医学の観点からの検証を期待したいですね。

 私なりに追い続けてきたT4作戦の問題や優生思想が、こんな形で日本社会の今に現れたというのは何とも言えない驚きであり、戦慄です。ただ冷静に見れば、石原慎太郎氏が都知事時代に入所施設を見学した後「こういう人に人格ってあるのかね」と言ってみたり、去年の11月に茨城県の教育委員が「生まれる前に障害の有無がわからないのか」「茨城県は障害者を減らしたい」と発言した事例がありました。国会でも、尊厳死法案問題がくすぶっていますが、その中に障害者が入るのかどうか、グレーゾーンになっています。

 特に近年は、格差社会や不寛容社会、多様性排斥とか言われますが、強いものが幅をきかせるのと並行して人権意識が薄らいでいる。そういう日本社会を覆う流れのなかで起きたのが今回の事件です。極めて特異な容疑者の人間性に光を当てると同時に、それを許すような社会的背景についても議論をしていかなければならないと思います。

 この間の障害者政策をめぐっても、市場原理の影響を受けた規制緩和とか成果主義、自己責任論などが色濃く反映されています。たとえば、規制緩和策の一環と言ってもいいかと思いますが、非常勤職員で職員定数の頭数を合わせてもいいことになっています。営利企業の障害分野などへの参入も気になります。

 いま全産業労働者の平均賃金が、厚労省の調査で月額30万円ちょっとなんですが、保育や障害者福祉関係は21万円くらい。これでは職員を募集してもなかなか応募者がいない。今回の容疑者は1年以上非常勤でしたが、どういう人物かは大体わかったはずです。津久井やまゆり園に限らず、全国的にみて多少難があっても雇わざるを得ないというのが福祉施設の実情です。福祉労働と言われる分野は、公費が抑えられていますが、その背後には、社会投資論の観点から見返りが乏しいという考え方が根強くあるのではないでしょうか。

 津久井やまゆり園での事件については、こうした観点を含めて、さまざまな角度からとらえる必要があります。犠牲者や負傷者に報いるためにも、今回の大惨劇を、インクルーシブな社会を創っていくための新たなきっかけにしていかなければと思います。(談)