『創』10月号で紹介した面会室でのやりとりについては、概ね間違っていないというわけだ。それから9月号で雨宮処凛さんが引用した朝日新聞取材班『妄信 相模原障害者殺傷事件』の記述について、こう指摘してきた。

 職員を叱責したのは本当ですが、勤務先の周りでビラを配ることはしておりません。
 余談になりますが、叱責した女性職員は、真夜中にも拘らず、利用者様に布団を運ばせる仕事を手伝わせていました。
 それが、本人のできる仕事を与える前向きな考えであれば、良い支援かもしれません。

 朝日新聞取材班の『妄信』は、この事件の取材に総勢50人を動員したというだけあって、事実経過が詳しく書かれており、私も参考にしている。大新聞社だからこそ書ける労作だが、それゆえにこそ本人が誤りだと言う箇所は指摘しておきたいと思う。原文はこうだ。
 

2月ごろには「障害者が生きているのは無駄だ」などと書いたビラを、勤務先の周りで配り、園の聞き取りにも自説を曲げなかった。(『妄信』より)

 それに関連して書いておくと、植松被告についてのネットにあふれた情報には裏の取れていない怪しげな情報が少なくない。凄惨な事件だけにおどろおどろしい話が流布されがちなのだ。こうして本誌が植松被告自身の言葉を報じるのも、少しでも正しい情報が伝えられることを期待してのものだ。

 ちなみに、植松被告は、昨年の事件を最初は10月頃敢行する予定だったが、ヤクザに狙われるかもしれないので計画を前倒ししたと供述したとされている。これも背後に黒幕組織があったのではないかなどと憶測を呼ぶ一因になっているのだが、接見の時に聞いてみると、「そういうこともあり得ると思っただけで、深い意味はありません」とのことだった。

 さて、この間、本誌が植松被告の発言を詳しく掲載しているとあって、いろいろな方から手紙やメールをいただいている。その中には精神科医や障害者施設関係者も少なくない。例えば、私がヤフーニュースに書いた記事を見て、こんなコメントが寄せられた。

 いわゆる障害者と一緒にいる職場でずっと働いてきたものとして、いちばん知りたいのは彼が何年間かいっしょに時間を過ごしてきた事件の被害者たちを死んだ方がいいと思うようになった経緯です。彼が働き始めた頃に書いた文章を読んだのですが、若者らしい希望のある文章でした。
・その彼がなぜ、長い時間をいっしょにすごした人たちを殺そうと思うに至ったのか?
・そう思い至るような「やまゆり園」の処遇があったのか?
・そして、地域で生き生きと暮らす重度の知的障害者の姿を見たことがなかったのか?
・長い時間、いっしょにすごしたのに言語以外のコミュニケーションを使って、彼や彼らの思いを感じることができなかったのか?
 などです。
 ぜひ、篠田さんには彼との信頼関係をもとに、そこまで聞き出して欲しいです。

 これは結構本質的な疑問で、既に私も植松被告とは議論している。おいおい明らかにしていこうと思う。