ラジオが好きな男性、通称「ラジオさん」の場合は、存命中から家族と職員とのつながりがあったので、何とかコンタクトを取ることができました。そのようなかたちで直接は3名ですが、もう少し増やしていきたいと思っています。元職員への「聞き取り」では、電話を切られたことも度々あります。関係者の間ではいまだに閉塞感があります。語ることができる雰囲気を作らないと、なかなか口を開いてもらえない感じです。

 やまゆり園の再生構想として建て替えが決まったのは9月12日でした。年明けの1月10日、県は、有識者と障害者団体を招いて公聴会(ヒアリング)を開きました。この時、建て替えに関しては、反対意見が多数出されました。80億円をかけて建て替えすることをめぐり「同じ場所に再び大規模な施設を造るのは時代錯誤だ」「入所者の本人の意向を確認するべきだ」といった意見です。

 今でも「地域移行が先だ」「グループホームのような小規模型の施設にせよ」「同じ場所で建て替えるのは事件をなかったかのようにするものである」といった批判があります。

 一方で、「お別れ会」というのが10月16日にやまゆり園で行われました。園と家族会の主催によるもので、約400人が参加しています。これは「非公開」でしたので、私たちもメディアも入っていません。ただ、参加者の中にICレコーダーに録音されていた方もいたので、私たちも聴くことができました。これは、10月21日の『神奈川新聞』で活字化されています。

 亡くなられた方一人ひとりのエピソードを入倉かおる園長が遺影を掲げて名前を呼びながら語られています。ただ、男性2人、女性1人の計3人だけは名前も遺影もなかったそうです。

事件から1年を前に、津久井やまゆり園の内部が報道陣に公開された=2017年、相模原市
事件から1年を前に、津久井やまゆり園の内部が報道陣に公開された=2017年7月、相模原市
 『東京新聞』11月18日によれば、「遺族によっては、やまゆり園への入所を知らせておらず、偽名で葬儀をせざるを得なかった方もいる」とのことです。

 10月22日に旧相模湖町の元町会議員、宮崎昭子さんの呼びかけで、障害の有無にかかわらず「共に生きる社会を考えるつどい」が相模湖公民館で開かれました。「お別れ会」が地元住民に「非公開」であったこと、あるいは、東京や横浜では「つどい」が開かれましたが相模原では開かれなかったことへの疑問もあったのかもしれません。25人の参加者がいて、翌日の『神奈川新聞』『東京新聞』『しんぶん赤旗』NHKニュースでも報道されました。地元ではその後、11月27日、最近では3月22日にも「つどい」が開かれました。他方で、11月16・18・19日には県による地元説明会があって、慰霊碑を建てて欲しい、という要望が出たりしています。

 毎月一回開かれる家族会にも犠牲者の家族は来ていません。家族会の大月和真会長は「遺族は語れる心境にはない」と言っておられました。大月会長自身は、1月26日を前後して取材に応じられています。

 園の建て替えをめぐっては、やまゆり園の家族会が考えているものと障害者団体が考えているものとでは、ちょっと意向が違います。障害者団体は地域移行前提とまでは言いませんが、分散型の小規模なものにして欲しい、という考えです。

 ところが、大月会長が配られたものを見ると、本来ならば障害者団体は我々家族会を応援していただきたいところ、そうではない形になっている、といいます。家族会では「津久井やまゆり園という言葉を聞きたくない」という方もいたりするそうです。