別役実氏 「相模原事件を事なかれ主義で隠してはいけない」

『NEWSポストセブン』 SAPIO 2017年3月号

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 物語から、あえて“日常性”を奪う「不条理演劇」。1950年代に欧米で勃興したこの前衛劇を、日本で展開した劇作家が別役実さん(79)である。だが、現実が不確実性を帯びる時代、不条理劇は意味をなさない、と同氏は言う。

 別役さんが不条理劇の第一人者と呼ばれるのは、不条理劇の代表的な作家・サミュエル・ベケットの影響を受け、その世界観を日本において劇に入れ込んだ最初の人であったからだ。

 だが、そうして不条理劇を書き続けてきた彼は、1980年代を過ぎた頃から演劇で「不条理」を描くことの意味が徐々に失われてきた、と語る。

「不条理劇というものはもともと、1950年代から1960年代にかけてのヨーロッパで、ガチガチの合理性を重視する近代を批評するための手がかりでした。ところが、いまは世界中でその確固たるものだったはずの近代の合理的な価値観が、綻びを見せているでしょう?」

──英国がEU離脱を決め、米国ではトランプ大統領が登場しました。

「あのときのEUや米国の様子を見ていると、合理的とは言えそうにない一時の大らかな判断によって、得体の知れない政治的正義感が社会に蔓延していった気がしました。

 これは民主主義なのか、それとも衆愚政治なのか。そこに垣間見えたものが、まさに『近代』というものの綻びだと僕は思った。欧米の国々の根幹を支えてきた合理主義という哲学が、人間の不合理さによって揺さぶられ、危うくなっている、と」
劇作家の別役実(栗橋隆悦撮影)
──しかし、なぜ人間の不条理を描くことが、かつては「近代」を批評する手がかりだったのでしょうか。

「それによって合理主義の哲学を相対化できたからです。不条理の感覚というのは、例えば画家のダリが描くような絵を見た際の気持ちのことです。

 彼の絵の中では、時計がグニャグニャになっていますね。その『グニャグニャ感』を演劇という形で表現する。するとガチガチの近代の論理が、グニャグニャに壊されていく。つまり不条理劇とは、自明に思える近代の論理を崩し、その社会の外側に出て、別の視点で『いま』を批評する機能であったわけです」

──1990年代に入るにつれて、そうした「批評」が有効ではなくなった、と。

「だって、演劇で表現せずとも、“不条理の感覚”を身につけた人間が社会に溢れるようになってしまいましたから。現実そのものが不条理を受け入れている現代では、不条理を演劇によって描かなくても、人々がすでにあのグニャグニャとした感覚を分かっているのです。要するに不条理劇が反逆の表現ではなくなった時代を、僕らは生きている」
まさに「病んだ犯罪」だった

 もはや現実が不条理劇のようになっている──その状況がより進んでいるのではないかという意味で、別役さんが、注目したのが昨年七月に相模原の障害者施設で起きた大量殺傷事件だった。

 自著『「母性」の叛乱 平成犯罪事件簿』の中で、〈犯罪を体感するためには、その現象面にではなく構造に、身を寄り添わせ、そこに身体を連動させるようにして感じとらなければならない〉と別役さんは書く。

 19名の入所者が元職員の男に次々と殺されたこの事件について、彼は何を感じ取ったのだろうか。

「パフォーマンスとしての犯罪が、社会の中により定着してしまってきている、という印象を持ちました。

 これは今に始まったことではありませんが、人を殺すぞと宣言して犯行に及んだり、あるいは『死んでやるぞ』と言ってみたりというパフォーマンス。人を殺したり、自らの死によって世間に対して何かを言おうとしたりする犯罪に、僕はある種のふしだらさを感じます」

『犯罪症候群』という論考集で、別役さんは〈私は犯罪というものを、共同体が共同体であるために不可欠な病気の一種である、という考えを持っている〉と言う。だが、現代には〈犯罪そのものが病んでいる〉と思える事件が増えており、そのことが犯罪を分かりにくくしている、と。

──相模原の事件は、まさに「病んだ犯罪」だったということですね。

「うん。さらに危険な感じがするのは、そのように病んだ犯罪を、社会全体が事なかれ主義で隠そうとすることです。

 犯罪は社会全体が抱えるある種の病根で、犯罪者は社会の抱える矛盾やシステムの本音にそそのかされ、犯行に及ぶことがある。それを防ぐためには、何度も何度もその犯罪の有り様を公表し、社会の中で昇華させ、有効性を失わせていく必要があるのです。

 何かがある度に『ここはちょっと静かにしておこう』『これは言わないでおこう』と反応していると、そうした犯罪がわけの分からないモノのままにされ、いつまで経っても昇華されない。それは僕が現実の事件を自分の演劇の中で繰り返し描いてきた理由の一つでもあります」

●べつやく・みのる/1937年、旧満州生まれ。劇作家。1962年「象」が高い評価を受け、1968年「マッチ売りの少女」「赤い鳥の居る風景」で岸田國士戯曲賞。2008年「やってきたゴドー」で鶴屋南北戯曲賞。2008年朝日賞。ほか受賞多数。主な著書に『日々の暮し方』『虫づくし』など。

聞き手■稲泉 連(ノンフィクション作家)、撮影■渡辺利博

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