山田順(ジャーナリスト)

 「愛知の恥」「有権者をなめるな」など、怒りの声が噴出し、またもバッシングの嵐に見舞われた山尾志桜里議員。不倫相手とされる倉持麟太郎弁護士を政策顧問に迎え、なおかつ「改憲論議に真っ向から首相案をはねのけるためには、倉持氏のサポートを受ける必要がある」などと、独り善がりな「正当性」まで主張してしまったら、誰しも「開き直っている」と受け取るに決まっている。

 さらに、メディアに対しても「女性政治家であるがゆえにプライバシーに土足で踏み込まれる」と、自分が被害者だと強調し、「むき出しの好奇心になど屈しない」とメディアそのものを批判したのだから自爆するのも当然だ。

 なぜ、彼女はこんな「大人げない行動」しか取れないのだろうか。彼女のこれまでの言動を批判するのは簡単だが、こうまで「自爆一直線」だと、かつて週刊誌でスキャンダル報道をやってきた私としては、逆に同情してしまう。なにかこう、「もの哀しさ」を感じてしまう。

 そんなことまで言わなくていいのに、なぜ、そこまで言ってしまうのかと思い、彼女の中にある「満たされない想い」に行き当たって、本当に哀しくなってくる。

 政治家や芸能人といった、いわゆる有名人の多くがメディアをあまり好まない。あるときは持ち上げられ、あるときはたたかれるのが、なぜか分かっていない。自分は少しも変わっていないのに、メディアの方がおかしいと考える。そうしてメディアを選別し、「味方」のメディアと「敵」のメディアに分けて付き合うようになった有名人に大物はいない。いや、本物はいない。

 山尾氏は今回、自分の味方をしてくれると思った地方紙の神奈川新聞に、思いの丈をペラペラと全部しゃべってしまった。哀しいとしか言いようがない。
壇上の山尾志桜里候補=2017年10月23日、愛知県長(安元雄太撮影)
壇上の山尾志桜里候補=2017年10月23日、愛知県長(安元雄太撮影)
 政治家も芸能人も、一般大衆の支持によって成り立っている。だから、はっきり言い切ってしまえば、そもそもプライバシーなど持っていない。それなのに、プライバシーを主張するなら、政治家などになってはいけない。しかも、メディアの究極の役割とは世間に知られていない事実を暴くことだ。

 このメカニズムを分かっていない有名人は、本当に不幸である。そういう人間に限って、「むき出しの好奇心」などという言葉を使う。好奇心というのは、人間誰もが持つ最も健全な感情だ。これをメディアが代表している。それを否定することは、自分自身を否定するのと同じことだ。

 元宮崎県知事の東国原英夫氏は、ツイッターで「老婆心ながら週刊誌報道を舐めないほうがよい」と忠告し、俳優の坂上忍氏は倉持氏にも「この状況で請けるか?」と批判した。また、お笑い芸人のカンニング竹山氏はフジテレビ系『直撃LIVE グッディ!』で「何もないなら、政治家だから週刊誌なり何かを訴えなきゃいけない。けじめとそれをやらないと、1票入れた人も納得がいかない」と切って捨てた。どれもこれも、健全な感情を持った人間としての、当たり前の批判だ。