元SMAPメンバーは「労働者」と言えるのか

『河西邦剛』

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河西邦剛(弁護士)

 公正取引委員会は「特定の業種・職種固有の事項や個別の取引慣行の評価は検討対象としない」としています。

 しかし、公正取引委員会のウェブサイトに記載されている「人材と競争政策に関する検討会」開催のお知らせでは、「松竹株式会社ほか5名に対する件」(1963年、所属俳優の引き抜きを禁じた「五社協定」が問題になった)を引用しながら「高度な技能を要する一部の職種について、独立・移籍を制限する慣行が存在するとの指摘がある」と明記しており、芸能界における移籍問題をも検討対象にしていることは間違いないでしょう。

独立後初仕事の元SMAP・香取慎吾 
=2017年9月9日、東京都(蔵賢斗撮影)
 そして昨年から人気アイドルグループの解散や、そのメンバーの移籍などが話題になっていますが、この問題の根底にあるものを理解するためには芸能界の実態を認識する必要があります。

 日本では、新人が「タレントとして第一歩を踏み出そう」とするとき、オーディションやスカウトを経て芸能プロダクションと契約することがほとんどです。最近ではYouTuberやブロガーなど、芸能プロダクションと契約せずにフリーで情報発信をする人たちも増えましたが、依然としてテレビの持つ影響力は強く、「テレビに出演しているタレント」という意味では、ほぼ全てのタレントが芸能プロダクションに所属しています。

 私は弁護士として100通以上の芸能プロダクションとタレントとの契約書をみてきました。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる契約は「専属マネジメント契約」「専属芸術家統一契約書」と言われます。

 多くのタレントは無名な新人の状態で、芸能プロダクションがあらかじめ用意した契約書への署名・押印を求められることがほとんどです。

 芸能プロダクションが用意する契約書には、多少の違いはありますが、およそどの契約書にも共通する三つの目的があります。一つ目は、報酬・給与等の金銭関係について規定すること。二つ目は、著作権、著作隣接権、芸名の使用権、肖像等に関する権利について芸能プロダクション側が譲渡またはライセンスを受けること。三つ目は契約期間、途中解約の場合の違約金条項、退所後の競業避止義務等を規定しタレントを縛ることです。

 このように、契約書にはタレントを縛るための条項があるのですが、芸能プロダクションがタレントを縛りたいというのは十分理解できるニーズです。
タレントは法律の空白地帯

 芸能プロダクションは多額の投資をし、タレントを数年かけて育成し、その後売れた段階で回収するというハイリスクハイリターンなビジネスです。数年かけてやっと利益が出るようになったタレントが「あっちの事務所の方が条件も良いし、良い仕事も来るので移籍します」と言われても、簡単に応じることはできません。

 裁判例の中にも「芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズの売り上げを伸ばし、そこから投資を回収するビジネスモデルを有している」と明言したものがあります。

 このように「商品であるタレントに他の事務所に移籍されては困る」というのは、ほとんどの芸能プロダクションに共通することですから、業界内でもタレントの引き抜きはタブーとされています。仮にタレントが無断で移籍や独立をすれば、各事務所はテレビ局や制作会社に対して、「当該タレントを使用するな」と圧力をかけ、実際、テレビ局側が当該タレントをキャスティングするならば、事務所の他のタレントを引き上げるというような圧力をかけます。

 最近はインターネットの存在で若干変わりましたが、依然としてメディア=テレビであり、視聴率を取るためには有名タレントを出演させるという構造の下においては、テレビ局と芸能プロダクションとの関係は強いものがあります。

 テレビ局にとっても、大手プロダクションともめるという不利益と比較した場合「それでもなお当該タレントに出演を依頼する」とはなりにくく、結局、タレントは干されることになります。
(iStock)
  そしてこのテレビ局の判断は、経営判断を前提としているので、タレントも裁判などで争うにはハードルが高く、そのような裁判事例はほとんどありません。このような状況下で、タレントが事務所の許可なく移籍や独立をすることはおよそ不可能です。

 以上が、タレントが移籍や独立を試みたときに予想される展開となります。

 そもそも企業と従業員との間を規律するのが労働基準法や労働契約法などの労働法規です。それに対して、事業者間の関係を規律するのが独占禁止法や下請け法です。所管している官庁についても労働法規については厚生労働省、独占禁止法については公正取引委員会です。この中で、タレントについては、労働者なのか独立の事業者なのか明確に区別できず、法律の空白地帯になっているといえます。
有名タレントは独禁法の対象

 一昨年、昨年とアイドルの恋愛禁止裁判が話題になりました。芸能プロダクションとタレントの間の裁判において、裁判所が芸能プロダクションとタレントとの契約は労働契約であると認定した例も少なくありません。もっとも、ほとんどの事例において対象となったのは、いわゆる有名タレントではなく、テレビの音楽番組にほとんど出演することがない、数百人規模のライブハウスでコンサートを行っている10~20代のアイドルです。
未払い賃金の支払いなどを求めて東京地裁に訴えを起こし、記者会見したアイドルグループ元メンバーの女性=2017年11月14日、東京都内(加藤園子撮影)
 それに対して、独占禁止法の法規制の枠組みの対象となるのは、いわゆる大物タレント、幅広い年代で知られているタレント、国民的タレントと呼ばれるような人たちであり、芸能人、タレントという肩書で呼ばれる人たちの絶対数の中ではごく一部といえます。有名タレントになってくると、時間単位でいくらというギャラの支払いスタイルから、仕事あたりいくらというスタイルになり、その額も同年代の会社員の給与とは桁違いになっていきます。そうすると、業務の内容やギャラという視点からは、独立の事業者と評価されやすくなります。

 しかし実際は、すごく有名なタレントであっても、所属プロダクションの意向には逆らえず、明確な指揮、命令関係が認められるケースが少なくありません。若い頃、無名の頃、売れない頃から育ててもらった恩なども相まって、事務所との関係は非常に複雑な関係になってきます。

 このような有名タレントについては、所属芸能プロダクションとの契約は労働契約とは一概にいうことができず、タレントも独立の事業者と評価されうることから、独占禁止法による法規制の対象になってきます。

 まず、芸能プロダクションとタレントとの関係を1対1で考えたときには、優越的地位の濫用規制が問題となります。優越的地位の濫用とは、取引相手と比較した場合の優越的な地位を利用して、取引相手の自由で自主的な判断を妨げることをいいます。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる専属マネジメント契約のほぼ全てに「専属性」が規定されており、タレントが1度契約してしまえば、所属事務所以外を通じて芸能活動を提供することは禁止されます。

 また、多くの契約書には「甲と乙は独立の当事者として」と規定があるのにもかかわらず、タレントは芸能プロダクションの指示に従わなければならないという義務規定があります。このように、所属事務所の指示を通じてしか芸能活動ができないという状況下においては、事務所が優越的地位を有しているといえるでしょう。
テレビ局と芸能界の「忖度」

 そして、契約後この優越的地位を利用して、一方的なギャラの引き下げ、過重労働の強制、移籍・独立の制限などを行った場合には、優越的地位を濫用した行為といえます。

 また、独立や移籍を試みようとした所属タレントについて、テレビ局をはじめとする各種メディアに対して「当該タレントをキャスティングするのであれば、当社所属のタレントはその番組には出演させることはできない」と圧力を加えることで、当該タレントの出演は事実上著しく困難になります。

 このような、独立しようとするタレントに関してメディアに不当な圧力をかける行為についても、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用に該当し得る行為といえるでしょう。優越的地位の濫用と認定された場合には、公正取引委員会から芸能プロダクションに対して排除措置命令がなされ課徴金の支払いを求められます。

 複数の芸能プロダクションや、芸能プロダクションで組織する業界団体が共同でタレントの移籍を制限するような場合には、独占禁止法が規制する「共同の取引拒絶」に該当するといえます。共同の取引拒絶とは、複数の事業者や業界団体が共同して、特定の事業者との取引を制限することをいい、公正取引委員会が今回引用している5社協定においても問題となった行為類型です。これは「集団的ボイコット」と呼ばれることがあります。

 共同の取引拒絶の典型例として、タレントが移籍しようとするときに、かつて所属していた芸能プロダクションが、他の芸能プロダクションに対して「そのタレントとは契約するな」と働きかけ、他の芸能プロダクションが追従する行為などが挙げられます。

 また、テレビ局をも巻き込んで「あのタレントを出演させるな」という場合にはテレビ局も共同の取引拒絶をしている主体といえます。
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 公正取引委員会が共同して取引を拒絶していると認定するためには、明示的に協定書や合意書が作成されることは不要であり、暗黙の認容でも共同行為に該当するとした裁判例が存在します。

 実際、複数の芸能プロダクションやテレビ局で「特定のタレントと契約しない」「あのタレントは出演させない」という内容の協定書や合意書が作成されることはまずありません。電話などの証拠が残らない方法により意思形成されることになるでしょうし、場合によっては他の芸能プロダクションが追従することにより暗黙の意思形成がされることもあるでしょう。
芸能界の慣習に踏み込まなければならない

 しかし、黙示であったとしても、各社の行動の一致性や、事前の連絡があったかなどにより、共同の取引拒絶があったと認定されるケースも十分に考えられます。確かに、芸能プロダクション側がタレントに対して優位に立ちたいというニーズは十分に理解できます。社長やマネジャーからしてみれば、一癖も二癖もあるタレントに仕事の時間を守らせ、礼儀作法を教え、業界のルールを教えることは簡単ではない場合があります。未成年のタレントには飲酒喫煙の禁止を厳守させ、ドラッグから身を守らせることは重要かつ頭を悩ませるところです。

 私自身、芸能プロダクション側の相談を受けることも少なくなく、事務所側の代理人として数多くの事件を経験し、事務所に損害を与えたタレントに対して訴訟提起した経験もあることから、事務所側の苦労はものすごく理解できます。

 そして、「旧事務所を円満に辞めなかったタレントは芸能界で干される」という事務所優位な状態は、タレントに恐怖と不安を与え、どの事務所にとってもタレントをコントロールする材料になることから、この状態を利用したい気持ちも十分に理解できます。
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 しかし、複数の芸能プロダクションや業界団体が、このような共同の取引拒絶に該当する行為を実行することは独占禁止法に違反する行為であり、排除措置命令や課徴金支払いの対象になります。さらに、複数の芸能プロダクションが共同の取引拒絶をした結果、「取引分野における競争が制限されている場合」には不当な取引制限にも該当します。

 不当な取引制限に該当すると、行為者に対して5年以下の懲役または500万円以下の罰金、その雇用主(多くの場合芸能プロダクションとしての法人)には5億円以下の罰金という独占禁止法上最も重い刑罰が科されることになります。

 これまで、芸能プロダクションとタレントとの関係について、独占禁止法の視点から検討されるケースはあまりありませんでした。昨今の有名タレントグループの解散や独立、移籍を発端に話題にはあがるようになりましたが、その根底となる芸能界のルールは今に始まった話ではありません。

 公正取引委員会には、「従来の判断枠組みでは法律上の問題はありませんでした」ということで検討を終えるのではなく、芸能界の実態に踏み込んだ調査と、芸能界の実態に即した判断がなされることを期待しています。

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