小林信也(作家、スポーツライター)

 『横綱・日馬富士が巡業中の酒席で、同じモンゴル出身の幕内力士・貴ノ岩をビール瓶で殴打し、頭に骨折などのケガをさせた。貴ノ岩はそのため、九州場所を休場している』というのが、今場所3日目の朝、最初に伝わった報道だ。

 「それが事実なら、日馬富士が引き続き横綱として土俵に上がるのは難しいのではないか」と多くのファンが感じただろう。この問題は、最初にそうした「結論」めいたイメージが形成されたところから始まっている。
2017年11月15日、日馬富士や貴ノ岩らが休場したことを示す大相撲九州場所4日目の電光掲示板=福岡市の福岡国際センター
2017年11月15日、日馬富士や貴ノ岩らが休場したことを示す大相撲九州場所4日目の電光掲示板=福岡市の福岡国際センター
 取材が進み、現場にいた当事者や関係者たちからの証言で事実が明らかになると、「第一報で抱かされた認識や未来が必ずしも妥当ではない」「しかし、第一報によって形勢された日馬富士の『悪』のイメージは定着し、覆せない空気が出来上がっている」という、問題の核心とは別の状況も浮かび上がってきた。

 この原稿を書いている17日朝の段階で、非難の矛先は主に日馬富士と、対応の遅い日本相撲協会に向けられている。日馬富士は前夜遅く、北九州から東京に戻った。警察の事情聴取を受けるためといわれる。ファンの関心は「日馬富士がどんな処分を受けるのか、あるいは決断を下すのか」。つまり「横綱の地位にとどまり、今後も土俵に上がることが許されるのか、それとも土俵生命を失うのか」に注がれている。

 私はそれを誰が判断するのか、どう判断すれば「世間」が納得するのか。その「『世間』とは何か?」に漠然とした怖さを感じている。

 日本相撲協会を「体質改善のできない時代遅れで甘い団体」と評価している「世間」は、厳しい処分を求めるだろう。協会がその「世間」の要求と「世間」からの評価を得るために判断するのは本来妥当ではない。なぜなら、世間のイメージは、すでに正しいとは言い切れない第一報によって形成されたからだ。

 インターネットの普及もあって、瞬時に情報が拡散され、誤った事実や印象も共有され、固定化されてしまう現状がある。それを誰かが作為的に利用し、ある人物が社会的な立場を失うような動きも実際にある。

 日馬富士に限らず、こうした「世間」の風潮を利用した情報操作によって、実態と違うイメージを形成され、才人たちが活躍の場を奪われたり、制約されるのは受け入れられない。そのことに憂いを覚える。

 今回の出来事には冷静に分析すると不可解な点が多々ある。「頭の骨折」と聞けば誰もが震撼(しんかん)する。だが、「全治2週間」と聞けば重症のイメージはない。貴ノ岩はケガを負った翌日、巡業の土俵に上がり、しかも勝利している。当事者同士は握手をかわし、和解したかの様子も目撃されている。それなのに、貴乃花親方から警察に被害届が出された。親方は警察には届けたが、相撲協会には報告していない。