渡辺龍太(フリーニュースディレクター)

 朝日新聞が慰安婦記事の誤報を認めてから、世間の朝日新聞に対する監視の目は厳しくなっています。それにも関わらず、朝日新聞は「記事に角度をつける」という演出をやめません。実際、多くの人によって朝日新聞の記事がファクトチェックされ、印象操作ではないかと指摘される事が、今も頻繁にあります。やはり、戦前から脈々と伝わる、事実を自社の主張に合わせてねじ曲げる記事の演出テクニックは今も健在なようです。それに加え、最近、あえてファクトチェックできないようなスタイルで書いたのではないかと感じさせられる異質な社説が、11月5日に掲載されていました。

朝日新聞東京本社=東京・築地(本社チャーターヘリから、桐原正道撮影)
朝日新聞東京本社=東京・築地(産経新聞チャーターヘリから、桐原正道撮影)
 問題の社説は、「政治の可能性 『そんなもん』を超えて」というタイトルです。

 そこから、すでに曖昧でポエム調な雰囲気を醸し出していて、一流新聞の社説として違和感を覚えます。内容は学生らが民主主義などについて語る「Bottom Up Democracy」というイベントを見てきた朝日の記者が、記憶に基づいて感じた事だけを書いたエッセーです。

 この社説は冒頭で、このイベントについて、次のように説明していました。

 呼びかけ人に名を連ねたのは、2年前、安全保障法制への反対運動を展開した元SEALDs(シールズ)のメンバーや弁護士ら。高校生や大学生が次々と脚立にのぼり、民主主義や選挙についてそれぞれの思いを語る。投票に行こうと呼びかける

 この文章を読んだら、その後に続く内容が、「(左寄りの)若者が語る民主主義や選挙の大切さ」という内容なのだろうと感じる人がほとんどだと思います。しかし、そうではありません。この後に登場するのは、このイベントに登壇する立憲民主党の政治家たちのスピーチと、それを聞く若者たちの様子が書かれています。

 普段、新聞を一字一句のレベルで精読している人は少数派です。多くの人は、流し読みに近い形で、テンポよく読んでいるはずです。そうなると、おそらく多くの人は、この文章を冒頭のイベント内容の説明の先入観から、政治に声を上げる若者たちの姿が書かれているのだろうと思いながら読んでいるだろうと推測できます。そのため、どれが政党の主張で、どれが若者の声なのか、読者に誤解を与える可能性のある文章の作りだと私には感じられました。誤解が生じないようにするには、引用した文章の最後に、記者としては、特に立憲民主党の政治家の話を聞く若者が印象に残ったという事を書くべきだと思いました。