杉江義浩(ジャーナリスト)


 横綱日馬富士が貴ノ岩を殴りつけたとされる暴行事件は、本当にそんなに悪質な大事件なのでしょうか。必要以上にマスコミが振り回されてはいないでしょうか。一人の大相撲ファンとして報道される内容を見ていると、むしろ加害者である日馬富士の方が気の毒になり、貴乃花親方の方が小憎らしく思えてくる、不思議な感情にとらわれてしまいました。

 もちろん張り手一発でも、土俵の外で行われれば、暴力は暴力です。許されて良いという道理はありません。ましてや日本の国技である大相撲の頂点に君臨する、神聖なる横綱ともあろうものが、暴行事件を起こして警察に取り調べられるなどとは、情けない限りであります。しかし今回はそのような正論はワイドショーに任せて、私は一連の騒動の本質に迫ろうと思います。

 私は十数年前、奇しくも同じ九州場所の真最中に、横綱武蔵丸を密着取材したことがあります。苦労して日本相撲協会からもらった取材許可書には、但し書きが付いていました。力士が気乗りしないときには取材を断ることがあり得る、という文言とならんで、取材中に力士からいかなる暴力を受けても訴訟しないこと、という一文がありました。

 どんな恐ろしい取材現場になるのだろう。私はビクビクしながら福岡の武蔵川部屋宿舎を訪れました。まもなく早朝から竹刀を持った親方の前で、新弟子たちの迫力満点のぶつかり稽古が始まりました。なんと立ち会いの瞬間、額と額を全力で激突させるのです。

 頭と頭の骨がぶつかり合う「ゴーン」という音が部屋中に響き渡り、若い力士は脳震盪(のうしんとう)を起こしてふらふらになります。意識を取り戻して再びガツン。文字通りのガチンコ相撲の繰り返し。これでは死んでしまう、と思わず親方に言いたくなった頃、土俵の上は交代し、力士たちは互いに頭を左右によけて、相手の肩にぶつかるような稽古が始まりました。
稽古総見で汗を流す日馬富士(右)=2017年9月、両国国技館の相撲教習所
稽古総見で汗を流す日馬富士(右)=2017年9月、両国国技館の相撲教習所
 相撲の歴史をひもとくと、戦国時代の勧進相撲では、相手を殺してしまうことも普通に行われていたようです。そんなルーツを持つ相撲の凄みに、私はぐいぐいと引き込まれていきました。先輩力士から受ける新弟子の稽古では、土俵の内外を問わず、私の目には暴力としか映らない光景も多く目にしました。その異様な雰囲気の朝稽古に比べると、稽古の終盤に現れた武蔵丸は、おおらかでユーモアがあり、ようやく私をホッとさせてくれました。

 なぜこの話をしたかというと、大相撲の世界というのは、我々の非常識が常識になるような、特殊な世界だということを強調しておきたいからです。究極の暴力を日本の伝統文化にまで昇華させた、世界に例を見ない存在です。力士の身体はそれだけで武器です。ですから日馬富士の件でスポニチが第一報を出したとき、私は非常に違和感を持ちました。