政府による「河野談話」の検証や朝日新聞社長の辞任など「慰安婦問題」が大きな転換点を迎えた平成26年。明けて本年、半島情勢や北朝鮮による日本人拉致事件で進展はあるのか。第30回正論大賞受賞者の現代史家、秦郁彦氏(82)と東京基督教大教授、西岡力氏(58)が対談。歴史の真実を訴え続ける2人が見解を述べた。(司会・構成 正論調査室次長 大野正利)

 ――「慰安婦問題」をめぐって昨年12月10日、朝日新聞元記者の植村隆氏が「文芸春秋」に手記を発表、西岡先生への反論も含まれていました。一部メディアの取材にも応じています。慰安婦問題は新たな展開を迎えるのでしょうか

 西岡 私は月刊「正論」の最新号(2月号)で植村氏に全面的に反論しました。彼は手記で捏造(ねつぞう)記事を書いていないと主張しますが、元慰安婦本人が一度も話していない「女子挺身(ていしん)隊として連行」という架空の履歴を勝手に付け加えたこと、彼女が繰り返し話していた「貧困の結果、妓生(キーセン)になるために置き屋に売られ、置き屋の養父に慰安所に連れて行かれた」という本当の履歴を書かなかったことが捏造だと批判しました。


 秦 
12月22日に朝日が委嘱した第三者委員会の報告書が出ました。植村氏の北星学園大講師雇いどめをめぐって騒動になっていたので注目していましたが、「安易かつ不用意」ではあるが「不自然はない」と浅い突っ込みに終わったのでがっかりしました。“スクープ”の元になった元慰安婦の証言を録音したテープですが、当時のソウル支局長が存在を知り、植村氏に伝えたのでソウルに出張してテープを聴いて記事にしたとしているが、支局長はなぜわざわざ大阪社会部から植村氏を呼んだのでしょうか。不可解ですよね。

 西岡 朝日の中で当時、東京と大阪の両本社で温度差があり、大阪は「女たちの太平洋戦争」という特集企画で「戦前の日本人は本当に悪かった」など強い信念で展開していたが、東京版には掲載されない記事も多かった。東京外信部の管轄になるソウル支局長は大阪に書かせようとしたのではないでしょうか。

 秦 それにしても誰が吹き込んだのかはっきりしないテープを元に記事を書いたことで、いかがわしさは残りますよね。韓国挺身隊問題対策協議会の代表からテープを聴かせてもらったということですが、元慰安婦本人と会わずに帰国している。あと3日間、現地に残ったら、名乗り出た金学順さんの会見に出ることもできた。そうすれば完全なスクープになったと思うのですが。朝日OBのなかにはテープ録音なるものが実在したのか、疑う人もいます。第三者委員会の報告は全般的に厳しい論調ですが、事実関係については8月の朝日による検証をなぞった感じで、新事実の発掘はなく、慰安婦問題の本質に迫る新たな認識も示されず、少なからず失望しました。吉田証言(注(1))は洗いざらい論じ尽くされ、今後は新たな論点にはならないと思います。

 西岡 朝日はなぜ、昨年8月に検証記事を出したのか。朴槿恵政権の露骨な反日外交と、以前から米国などでの在外韓国人による慰安婦キャンペーンで植村記事や吉田清治氏の最初の証言そのまま、「セックス・スレイブ(性奴隷)、20万人」として発信されていた。一般の日本国民は「おかしいのでは」と思い始め、調べると朝日が誤報したのではと気付いた。20年以上前の誤報が世界中でじわじわと日本の名誉を傷つけてきた責任は重い、という議論が高まった結果と思います。

 秦 同感ですね。朝日の世論への影響力が急速に冷め始め、むしろ慰安婦問題に対するスタンスを強く批判する風潮が高まってきた。朝日はそれ以外でも世論との乖離(かいり)が目立ってきた。なんとか少し方角を変えないと困ると意識したのではないですかね。

 西岡 検証のやり方も「読者の皆さんへ」という形で、あくまで読者の疑問に答えますという姿勢です。23年前に秦先生が済州島に行かれ、吉田氏の主張が捏造だということを最初に問題提起されたわけですが、秦先生に答えるという姿勢ではない。批判が高まっているが、「濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せられていることにお答えします」というやり方ですよね。言論機関である以上、批判に対して「あの西岡論文に答える」と応じるべきだと思います。植村手記も西岡論文に答えてません。

 ――昨年、政府は河野談話(注(2))の検証を行いました。歴史の真実を明らかにすることで、日韓関係の将来は開けてくるのでしょうか

 西岡 日韓関係に大きな影響を与えたのは1992年1月、訪韓した宮沢喜一首相の盧泰愚大統領への謝罪だと思います。日韓国交正常化交渉が始まった1951年以降、慰安婦問題が外交問題として取り上げられたことはなかった。本当に問題があるなら65年の日韓基本条約締結の際に取り上げられるべきですがここでもなかった。その後、80年代になって吉田氏が本を書いて韓国まで謝りに行き、さらに91年に日本の戦後補償の専門弁護士が付いて元慰安婦たちが裁判を起こし、朝日がリアルタイムで報道し続けた。それまで韓国のマスコミは慰安婦問題の扱いは小さかったのに、91年の朝日の大キャンペーンを境に大きく扱われるようになった。

 秦 それを背景にして朝日は92年1月11日にトリックめいた手法で「軍関与の証拠を発見」「女子挺身隊の名目で強制連行して慰安婦に」「慰安婦の大多数は朝鮮人女性」と大キャンペーン記事を書き、翌日の社説は「謝罪して補償すべきだ」と主張しました。私はこれを「ビッグバン」と呼んでいるのですが、実際に慰安婦問題は朝日の筋書き通りに展開しました。

 西岡 追い打ちをかけたのが外務省のまず謝罪ありきという姿勢で、朝日報道とセットで慰安婦問題が外交問題になってしまった。今回の河野談話の検証でも91年12月の段階で謝罪することを検討したとしている。吉田氏が証言したような強制連行について事実関係が分かっておらず、実態を調べる前に謝ってはいけない。ここでなぜ外交的に謝るのか。謝罪は調べてからすべきものです。

 秦 慰安婦問題がこんな大問題になってしまった責任の半分以上は日本にあると思いますね。韓国は受け身なんですよ、吉田氏にはじまり、アジア各地に出かけて元慰安婦を探し出し、補償裁判に持ち込んだ弁護士、国連人権委員会(現理事会)で慰安婦を性奴隷と呼びかえるべきだと訴え、実現させた弁護士も。僕はなぜそういう自国を貶(おとし)めるようなことに熱中する日本人がいるのか、不思議でならない。他国なら社会的制裁が下るはずなんだけど、日本はそうではない。むしろメディアは持ち上げてしまう。

 西岡 慰安婦問題については昨年8月の朝日の検証から物事が始まったように見えますが、実はそうではない。河野談話の根拠だとされていた元慰安婦16人の聞き取り調査が裏付け調査のないでたらめな調査だったことを当時の記録を入手して暴露し、さらに外務省が一度国連に提出して突然取り下げたクマラスワミ報告(注(3))に対する幻の反論文書を入手して全文公開したことなど、産経新聞と月刊「正論」のスクープは大きい。極秘とされていた政府文書を公開し、新しいファクトを出したことが議論の水準を上げることになった。慰安婦報道の急展開にはこうした背景があったと思います。報道現場で何か言いたいのであれば、新しいファクトを見いだすとか、新しいものの見方を提案することが絶対に必要です。新年はこうした建設的な議論が進むことを期待したいですね。