もちろん、これは一例であり、詳しく書こうと思えば、いくらでも長く書ける。しかし、ここでのポイントは、誰でもすぐに覚えられるように、簡潔な定義をしておくことである。そして、その定義を一貫して矛盾なく使い続けることが肝要だ。慰安婦を「売春婦」と切り捨てるような発言は控えるべきだ。わざわざ反感を買って、絶好の攻撃機会を与えることになる。

 あのトランプ氏に抱き着いた元慰安婦も、証言が頻繁に変わることで知られるが、哀れな存在であることに変わりはない。あのような女性の背後には、満足な教育も受けられないままに親に売られてしまった女性たちが数多く存在した。日本政府に法的責任はなくとも、同情するから何度も謝罪し、お金を払ってきたと説明すべきだ。

 筆者は一貫して「反論よりも立論が大事」と主張している。立論がないままに反論や説明を試みても、有効な議論はできない。明確な立論は、それ自体が有効な反論になり得るのである。日本政府は「誠意をみせて許してもらおう」とするあまり、何度も謝罪したり金を払ったりしては「罪を認めた犯罪者」呼ばわりされる愚を犯している。察するに、かつて保守系知識人が米紙に出した意見広告が反発を買ったことがトラウマ(心的外傷)になっているのかもしれない。

 センセーショナルな物言いをする必要はまったくない。あくまでも淡々と一次資料に基づく立論を行うのだ。今年8月に、筆者は米ジョージア州の州議会議員2人に資料を見せながら「慰安婦制度とは何か」を説明する機会を得た。二人ともひどく驚いた様子で、「日本政府は強制連行や性奴隷を否定する証拠を持ちながら謝罪しているのか?」と聞いてきたのが印象的だった。

 「抱き着き慰安婦」に立腹するのはよい。無理やり「独島エビ」を晩餐会メニューに含める極左親北の韓国政府に何を言っても無駄だろう。しかし、大切なことは、トランプ氏をはじめ、第三国のキーパーソンに誤解が生じないように「慰安婦制度とは何だったのか?」を明確な立論を持ってしっかりと説明することである。
2017年11月7日、トランプ米大統領を招いた韓国大統領府の夕食会に出席した元慰安婦の李容洙さん(左、聯合=共同)
2017年11月7日、トランプ米大統領を招いた韓国大統領府の夕食会に出席した元慰安婦の李容洙さん(左、聯合=共同)
 国の名誉を守るのに、反発を恐れてはいけない。恐れるのなら、その分隙のない立論を作ればよいのだ。謝ってばかりでは、犯罪者認定されてしまうのがオチである。「罪を認めるなら責任を取れ、もっと賠償しろ」と言われ続けるのが国際社会の常識だ。今となっては、なぜ謝ったのかも明確に説明しなくてはならない。ゆめゆめトランプ氏に「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」と言わせてしまってはならない。