佐藤健志(作家、評論家)

 韓国国会は11月24日の本会議で、「日帝下の日本軍慰安婦被害者生活安全支援と記念事業などに関する法改正案」を可決した。同法改正により、来年から8月14日は「日本軍慰安婦をたたえる日」として記念日になる。これに先立つ11月7日には、訪日を終えたドナルド・トランプ米大統領が韓国を訪れているが、大統領府(青瓦台)で開かれた国賓晩餐会には、元慰安婦のイ・ヨンスが出席、トランプと抱擁を交わした。
 韓国紙「中央日報」の記事によれば、イ・ヨンスは2007年、アメリカ下院外交委員会の旧日本軍慰安婦公聴会で証言した人物。この9月には、彼女をモデルにした『アイ・キャン・スピーク』という映画が韓国で公開され、話題となっている。同国の映画評論家、パク・ウソンは『アイ・キャン・スピーク』について、「完璧ではないが、センセーショナリズムやお涙ちょうだいに陥ることなく慰安婦を描いた初めての作品」という旨を述べた。

 だが、慰安婦問題については、2015年12月に成立した日韓合意において、最終的かつ不可逆的に解決したという合意がなされている。韓国側は「今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」ことも受け入れた。
 イ・ヨンスおよび韓国政府関係者が、晩餐会の席で日本を非難・批判したとは報じられていないので、今回の出来事が日韓合意に明確に違反するとは言い切れない。だとしても「最終的かつ不可逆的な解決」を表明した以上、紳士協定違反にあたるのは疑いえまい。

 さらに現在、東アジアでは北朝鮮の核開発・ミサイル開発が深刻な問題となっており、武力衝突の可能性までが取りざたされている。くだんの問題を、少しでも望ましい形で解決するには、周辺各国の緊密な連携が欠かせない。そんな状況下で、日本を貶(おとし)めたがるかのような振る舞いをしてみせるのは、いかんせん不見識な話である。
トランプ米大統領を招いた韓国大統領府の夕食会に出席した元慰安婦のイ・ヨンスさん(左)=2017年11月、ソウル(聯合=共同)
トランプ米大統領を招いた韓国大統領府の夕食会に出席した元慰安婦のイ・ヨンスさん(左)=2017年11月、ソウル(聯合=共同)
 菅義偉官房長官が記者会見で「日米韓の緊密な連携に悪影響を及ぼす動きは避ける必要がある」と不快感を表明、日韓合意の着実な実施を求めたのも当然のことだろう。日韓議員連盟会長を務める額賀福志郎元財務相も、「北朝鮮問題を中心に関係を強化していくにあたり、誠に残念な事態だ」「韓国国民向けの内向きのパフォーマンスではなく、ぜひ大人の外交を展開してもらいたい」という旨を発言。一般国民の間でも、保守層を中心として、韓国に対する(かなり感情的な)反発が見受けられた。

 もっとも晩餐会に元慰安婦を招待することが、日韓関係はいざ知らず、日米関係にクサビを打ち込む効果を持つとは信じがたい。理由は簡単、トランプ大統領の関心事は、北朝鮮を封じ込めるための態勢をつくりあげることと、経済面で自国に有利な譲歩を引き出すことに集中しており、他の事柄に注意を払うつもりがあるとは思えないのだ。

 これを端的に示したのが、トランプが11月8日に韓国国会で行った演説だった。くだんの演説、北朝鮮問題への言及が大半を占めているものの、韓国の女性について触れた箇所も存在する。けれどもその内容たるや、大統領がニュージャージー州に所有する「トランプ・ナショナルゴルフクラブ」で行われた今年の全米女子オープンゴルフで、同国のパク・ソンヒョン選手が優勝したことを讃えるものだったのである。

 韓国(人)にとり、慰安婦問題は重大かつ切実な意味合いを持つのだろう。だとしても「われわれにとってこれだけ重大で切実なのだから、トランプも関心を持ってくれるはずだ」と思い込むのは自意識過剰にすぎない。「アメリカ・ファースト」の立場を取るかぎり、慰安婦問題の重要性など二の次、三の次に決まっている。
 ましてトランプは、「アメリカ・ファースト」どころか「自分ファースト」の傾向が際立つ、唯我独尊タイプの人物ではないか。外遊先で相手国(民)をほめるときすら、自慢話につなげてしまうほどなのだ。晩餐会が終わったとたん、イ・ヨンスについてきれいさっぱり忘れたとしても驚くにはあたらない。産経新聞の記事によれば、晩餐会の席では大統領の周囲に通訳がいなかったため、トランプはそもそも彼女が何者なのか知らなかった可能性まであるとのことだった。