東嶋和子(科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師)

オトナの教養 週末の一冊『食と文化の謎』

 訪日観光客が爆発的に増えるにつれ、日本の食文化に対する称賛のみならず、非難や戸惑いもしばしば耳に入るようになった。

 私自身、肉はダメというインドネシアの友人に寿司をごちそうしようとしたら、「生(なま)なんてとんでもない!」と拒絶された苦い経験がある。イスラム教徒の友人にとって豚肉は考えるだけでおぞましいものであり、アメリカの友人には「知能の高いクジラを食べるなんて日本人はどうかしている」と憤慨された。

 日本の食慣習を身につけている私にとっては、相手をもてなすつもりが、理不尽な、いわれのない抗議を受けたわけで、ある社会では食べものとされず、忌み嫌われているものが、世界のどこかの社会では食べられ、ときには美味とすらされるのはなぜだろう?と考え込んでしまった。

『食と文化の謎』(マーヴィン ハリス 著、板橋 作美 翻訳、岩波書店)
 その食と文化の謎に切り込んだのが、本書である。

 「インドのヒンドゥー教徒が牛肉を食べず、ユダヤ教徒とイスラム教徒が豚肉を忌み嫌い、アメリカ人が犬のシチューなど考えただけで吐き気を催す」のは、なぜなのか?

 何を食べるによいものとするかを決めるポイントは、単なる消化生理学を越えたほかのなにか、――すなわち、民族の料理伝統、食文化である、と著者はいう。

 日本人が日本の食慣習を身に染み込ませているのと同様、アメリカ生まれ、アメリカ育ちの者なら、ある種のアメリカ的食慣習を身につけているものであり、「食慣習は、自分のとちがっているというだけの理由で、バカにしたり、非難すべきものではない」。われわれが議論すべきこと、考察すべきことは、「人類の食生活は、なぜ、かくも多様なのか」である、と著者は宣言する。

 神様にまつりあげられた牛、食べるどころか触るのも忌み嫌われる豚、ペットになったり食用にされたりする馬や犬、アメリカで人気1位に出世した牛肉、さらには、遺伝的に飲めない人がいるミルク(「ミルク・ゴクゴク派と飲むとゴロゴロ派」)、昆虫、ペット、人肉食にいたるまで、世界の食文化の謎に深く広く分け入った。

 著者マーヴィン・ハリスは、本書カバーによると、1927年ニューヨーク生まれ。コロンビア大学、フロリダ大学で教鞭をとる文化人類学者である。

 訳者板橋作美氏によると、「多くの人類学者、とりわけ日本の人類学者にとって、考えただけで吐き気をもよおす、忌むべき、タブー視された、人類学者の部類に入れるなど身の毛のよだつ、いかがわしく、うさんくさく、おぞましい存在」なのだという。

 「アメリカではスーパーで山積みされて売られているほどよく読まれているのに」、人類学者からは「読むに適さない」、「買うに適さない」とみなされているらしい。

 人類学者コミュニティによる嫌悪の理由は知らないが、私には、本書の論理展開は科学的、論理的であり、一般読者に非常にわかりやすく書かれていると感じられた。

 自分のおかれている文化的見地から良し悪しを判断したり、好悪の感情を抱いたりしやすい食文化の問題において、それらの罠に落ちることなく、冷静に、証拠に基づいて一貫した理論を展開してみせた科学的態度には、好感を抱いたほどだ。

 それが「最善化採餌理論」である。