藤本貴之(東洋大学教授、メディア学者)

 「日馬富士暴行問題」をめぐる一連の報道の中でひときわ目を引くのは、第三者の発言を借りた「臆測報道」の乱用だろう。

 「関係者」「周辺」「元力士」「友人」「相撲に詳しい~」「~をよく知る」「相撲取材歴○○年」などと称する人たち(以下「関係者」)が、自分たちの立ち位置で、自分たちなりの発言をする。そして、当事者でもないのに、お互いの発言からさらなる推測をしたり、批判したり議論をする…という不可思議な構造である。ここぞとばかりに「関係者」が登場しては、さまざまに食い違う「真実」を語り出す。

 騒動後、姿を見せない被害者、貴ノ岩関に対して「外傷とその後の騒動から、PTSD(外傷後ストレス障害)の可能性もあるから表に出ない」という見立てまでする医師さえ登場している。担当医でもないのに、いい加減にも過ぎる。

 常識的な感覚があれば、この状況で貴ノ岩が精神的なストレスを抱えていることは、誰だって想像できる。騒動に便乗して、専門家風のスタンスで中身のないコメントをする意味がどこにあるのか。

 貴乃花親方の心境に思いを馳(は)せたり、相撲協会理事たちの考えを代弁したり、貴ノ岩関の居場所についてまで推測し、それをテレビという公共の電波で臆面(おくめん)もなく語る相撲リポーターの姿にも辟易(へきえき)とさせられる。

 自民党の伊吹文明元衆院議長まで「大横綱だからなんでもできると思い上がっているんじゃないか」と持論を展開する始末だ。政治家がコメンテーターのまねをしてマスコミの前で意見する問題ではない。
 
 極めつけは、モンゴル出身の旭鷲山(元小結)が各局の情報番組で発言した騒動へのコメントと、それに対して繰り出された同じくモンゴル出身の朝青龍(元横綱)による批判だ。公私混同、目的不詳の「場外乱闘」としかいいようがない。もちろん、2人とも騒動の部外者であり、貴乃花親方や貴ノ岩関の本当の胸の内など知るよしもないだろう。
記者会見する元小結旭鷲山、ダバー・バトバヤル氏=2017年11月、モンゴル・ウランバートル(共同)
記者会見する元小結旭鷲山、ダバー・バトバヤル氏=2017年11月、モンゴル・ウランバートル(共同)
 貴乃花親方が鳥取県警の捜査を優先し、相撲協会からの聴取に協力的ではないということを批判したり、断片的にしか知りようのない貴乃花親方の挙動に意見する「関係者」たちの発言なども異様だ。明らかになっている事実は、暴行に対して被害届が出された、ということだけである。少なくともやり取りの是非について、第三者が勝手に臆測をめぐらせ、さも客観的意見であるかのように公言するものではない。

 もちろん、貴乃花親方には監督責任者として相撲協会にも報告する義務はあろうが、そもそもそういった細かい議論こそ、貴乃花親方と相撲協会との間で部外者の理解を超えたナイーブな話があることは想像に難くない。どれも「関係者」たちが臆測で発言できるような類いのものではないはずだ。