碓井真史(新潟青陵大学大学院教授)

 テレビは娯楽だ。民放で言えば、コマーシャルを見てもらう代わりに、楽しいテレビ番組を提供しているとも言える。大昔の言葉で、テレビは「電子紙芝居」だなという表現もあったが、子どもたちが紙芝居に集まったように、人々はテレビの前に集まる。

街頭テレビに群がる大勢の人々
 ドラマあり、スポーツあり、お笑い番組あり。大勢の人がテレビの前に集まり、戦後のスタープロレス選手、力道山を応援し、オリンピックの日本チームに声援を送ってきた。試合会場に行かなくても、寄席に行かなくても、テレビなら全国どこでも気軽に楽しめる。

 かつて「楽しくなければテレビじゃない」と豪語したテレビ局もあった。みんながテレビばかり見ていると、国民みんなが愚かになってしまうと「一億総白痴化」などと言って警鐘を鳴らした評論家もいた。

 テレビはまた情報伝達ツールだ。テレビの発明は、グーテンベルクの印刷機の発明に匹敵する、人類史上の大発明だ。大量の情報やニュースが毎日流されている。情報伝達ツールの先輩にあたるのは新聞だ。ただし、新聞はテレビよりも格調高い。新聞の1面トップを飾るのは、ほとんどが政治経済ネタである。

 政治経済の話なので、大見出しで書かれていることでも、庶民にはよくわからないこともある。最近は新聞を購読する人も減ってはいるが、かつてみんなが新聞を読んでいたときも、1面トップの難しい記事は読まず、まずテレビ欄を見たり、社会面やスポーツ欄から見たりする人も多かったことだろう。4コママンガを楽しみにしている人もいるだろう。その人たちももちろん新聞を購入した。

 しかし、テレビはもっと自由だ。そしてシビアだ。番組冒頭から、難しい話題を難しい言葉で話す必要はない。やわらかい表現を使ってもいいし、やわらかい話題から入ってもいい。それに、番組の最初から面白くない話などされたら、視聴者はすぐに番組を変えてしまう。面白い興味深い話題になるまで待ってなどくれないのだ。

 テレビは視聴者をつかむためにさまざまな番組を作ってきた。その中で生まれたのが「ワイドショー」だ。ワイドショーは、とても自由だ。